▲ヤッ断橋!
翌朝強力を雇って宿を出発したのが七時。これからいよいよ高原越え、元気はますます加わる。塩原古町から一里ほど人里放れた山の中を行くと新湯に出る。ここらでチョイトひと休み。山間の僻村、人皆淳朴で、休んだ大黒屋旅館も気持のいい家であった。これからは殆んど人の歩るいた事のないような谷合を通り、前黒山、釈迦ヶ岳の山の中腹を迂回して深林の薄暗い中を行くのである。幸にも晴天だからいいようなものの、これが雨降りでもあったものなら、たまったものではない。熊笹は人の身の丈を没すという深さ、暗い林の遠くには気味の悪い鳥の声がして、谿川の音は物凄いように樹立の間に唱っている。
行くこと数里、深山幽谷深かく分け入ると、谿川の流れ巌に激しく、奔流矢を射るごとき淵に出た。
「ヤッ橋が落ちてるぞッ」
と真先に立ちたる未醒君、立留まって、一行を顧みた。見れば正しく橋は陥落して、碧流巌を噛む。一行相顧みて唖然たり。
「ヨシヨシ仕方がない。吾々の足が勝つか、水の勢いが勝つか、一つ力比べをやろう。飛び込め飛び込め」これ位のことは覚悟の上だ、ゴシンゴシン渡れっとばかりに各々手は連ねて、なるたけ大きな岩の上へ脚をしつかとのせ、「踏ん張れ踏ん張れ」とばかり、忽ちにして彼岸へ達することが出来た。
水深腰に及び、河原の岩の上に座してまずホッと一息。
すると、遥か河下に方って百雷の轟ろくがごとき音響が地を鳴らして聞える。なんだろう? 早速吾輩が飛んでく。河に沿うて凡そ三丁ばかり、一大飛瀑発見! 大滝!
「オーイ皆んな来い、大瀑布! 大瀑布がある‼」
残りの三人宙を飛んで馳けつけた。岩にせばまれたる一条の水路、懸崖百尺の九天よりすさまじき音響を立て、落下する。巌に飛び散る霧は雨のよう。恐々ながら巌頭に四つん這いになると、数十丈遥か下の滝壺は紺碧を湛えて、白泡物凄く涌き返るさま、とてもチラチラして長く見ていることが出来ぬ。木川子の腰に細引を結び付けて、将軍が巌角に足を踏ん張り、大冒険を企てて、早速奔流落下の状を写し取った。案内の父爺に聞けば「これが赤川の大滝です。この辺は年に一回とも人が来ませんから、こんな大滝でも知ってる人は、山林局の御役人様位でがんす」。