「いくら聽かせても、お前には分らないのだが、――教育がないからと云ふのではない。お前は相當の教育は受けたのだが、その道學者的教育の性質が却つて邪魔をするのだ――。」
「いえ、わたしは」と、言葉に力を込めて、「武士の家に生れたのです。」
「そんなことは」と、冷やかに、「現代に何の名譽にも、藥にもならない――おれも武士の子だが、わざ/\おやぢなどの考へや命令には從はなかつた。」
「それが惡かつたのです。」
「また教訓か」と目の色を變へかけたが、同じ調子で、「分らない奴だ、ねえ――。お前などア時代の變遷と云ふことが實際に分らない。政治上や文學上のことは別としても、教育界に於てだ、お前の教育を受けたり、お前が學校を教へたりしてゐた時代は女子はむかし通り消極的に教へられて滿足してゐた。然し、現代の若い女は積極的な教育を受けようとしてゐる。優しい女學校ででも教師、生徒間に衝突が起るのは、古い頭腦の教師連がこの心を解しないからだ。戀の問題に於ても、ただ男から愛せられて喜んでゐたのが、自分からも愛することができなければ滿足しなくなつた。」
「わたしだツて、自分から愛してゐます、わ。」
「ところが、その問題だ――段々年を取るに從つて男女の情愛は表面に見えなくなるとしても、愛してゐると云ふ言葉だけで、實際はそんな氣色もないのでは困る。男は世故に長けて來ると共に段々情愛を深めて行くものだが、今の四十以上の女は皆當り前のやうに男に對する心を全く子供に向けてしまう。」
「でも、子供は所天の物でしようが――」
「いや、子供は子供で、所天その物ではない――そんな古臭い傾向の家庭では、男は、平凡な人間でない限り」と、そこに語調を強めて、「深い/\情愛を空しく葬つてゐなければならない。――」
「何だ、詰らない」といふやうな振りをして、馨はその座敷の前を通り、食事をせがみに行つた。
二階の方からも、空腹を訴へる手が鳴つてゐる。
「少くとも、おれはそんな寂しい墓場に同棲してゐられないのだ――」
「墓場だツて、家のことを。」繼母はあきれた樣子。
「お墓、さ、どうせ――おれは今一度若々しい愛を受けて見なければならない。」
「ぢやア、勝手におしなさいよ。」妻は立ちあがつて、獨り言のやうに、「濱町とか何とかへ入りびたりになるなり、好きな女を引ツ張つて來るなり――こツちは離縁/\と云はれさへしなけりや、子供を育てて暮しますから。」
「その子供/\が聽き飽きたんだい。」義雄は臺どころの方へ行く千代子の後ろ姿に向つて侮辱の目を投げながら、「子供と教訓とが手めへの墓の裝飾だ!」