ジェラルド太守の魔法
アイルランドの昔、フィッツジェラルド家に一人の偉い人がいました。彼の名はジェラルドと云うのでしたが、その家の人を皆好きであった其時のアイルランド人は、彼をジェラルド太守と呼びならわしていました。彼は、ムリイマストに大きな城を持ってい、英国の政府が無理を云ってアイルランドを苛めようとすると、いつでもそれに向って国を守るのは彼でありました。彼は戦いの素晴らしい大将であり、上手な武術者であった上に、非常に魔法が出来ました。そして、彼が好きなものに何でも自分の形を変える事が出来たのでした。
彼の夫人は、この事を知っているのでよく良人に、自分もその珍らしい秘密のお仲間入りをさせて下さいと頼みましたが、彼は決して其を許しませんでした。
夫人は、特別ジェラルド公が何か異う物の形になっている処を見たがりました。然しジェラルド太守は其那時には何とかかとか云って彼女を去らせて仕舞います。女は辛棒づよいものですから幾度いけないと云われても願うので、到頭太守は、彼が人間の形から違ったものになっている間に、若し彼女が一寸でも吃驚したり恐れたりすると、もう彼は幾百年も元の人間の体には戻れないと云う事を話して聞かせました。其那にじき驚いたり可怖がったりするようなら彼女は偉いジェラルド太守の夫人にふさわしくありますまい、どうか思いつきを遂げさせて下さい。彼女が如何那に勇ましい婦人であるか太守もわかるに違いありません。
そこで或る美しい夏の夕方、彼等二人が立派な客間にいた時、ジェラルド太守は不図彼女から顔をそむけ、何か言葉を称えました。瞬く間に彼の姿は綺麗さっぱり見えなくなり、部屋の中には一羽の可愛い金翅雀が飛び廻っています。
自分で自分は十分落付いていると思っていた夫人も一寸これには驚きました。が、素早く自分の心を制しました。ジェラルド太守の金翅雀が飛んで来て自分の肩に止り、羽ばたきをして何処でも聞いた事のないような好い声で囀り出した時には猶更のことです。
彼はぐるぐるまあるく部屋を飛び廻り夫人と隠れん坊をして遊びました。庭へ飛び去ったかと思うと又忽ち戻って来、夫人の膝に眠ったように羽根を休めたかと思うと、サッと舞い立って翔び廻ります。
二人が満足する迄斯うして遊ぶと、彼はもう一遍戸外へ飛んで行きました。けれども、ほう、今度の帰るのは速いこと! 彼は矢のように夫人のところへ飛び込んで来ました。すると、すぐ後を追って恐ろしい一羽の鷹が入って来ます。夫人は、我を忘れて大声に叫びました。この駭きは後から考えれば無駄でした。鷹は余りひどい勢いで部屋に飛び込んだので卓子に躯をぶっつけ、そのまま死んで仕舞ったのでしたから。
夫人は鷹の死骸から、今の今まで金翅雀のいた処に眼を移しました。けれども悲しいことに彼女はもう二度とジェラルド太守に会うことも出来なければ金翅雀を見ることも出来ませんでした。
それから七年に一度ずつ、軍馬に騎った太公がキルデーアの革船と呼ばれている山の廻りを騎り廻します。太守がいなくなった時、その軍馬の銀の蹄鉄は半吋の厚さがありました。この銀の蹄鉄が猫の耳ほどの薄さにすり減ればジェラルド太守は再び生きた人間の世界に戻ることが出来英国人と一つの大戦争をして、四十年間アイルランドの王様になると信じられています。
ジェラルド太守と彼の戦士達は、今ムリイマストの城の下にある長い巖窟の中で眠っているのです。洞穴に沿うて真中に一つの卓子があります。太守が卓子の一番上座につき、両側にずらりと戦士等がすっかり武装を調えたまま卓子に頭をもたせて眠っています、戦士等の乗馬も、鞍を置き手綱をつけられて、主人達の後の両側にある馬部屋に立っています。約束の日が来ると、両手に六本ずつの指を持って生れる筈の水車屋の息子が彼のラッパを吹きならすでしょう。すると、馬は足踏み嘶いて、勇ましい騎士達は目を醒し、馬に跨って軍に向って進むのです。
七年に一度ずつ、まわって来る或る晩、太守が革船山を騎り廻している時に偶然通りがかった者には巖窟の入り口が見えると云うことがあります。凡そ百年ばかり昔、夜道でおくれ、一杯機嫌の一人の博労が、燈火のついている巖窟を見つけ、中に入って行って見ました。燈火、四辺のひっそりした静かさ、武装した戦士達の有様は、博労をぎょっとさせるに十分でした。彼は酒の酔もさめて正気になりました。けれども、手がひどく震え出して、馬具を石敷きの床の上にとり落して仕舞いました。馬銜の音が長い洞穴内に反響すると、博労のすぐわきの戦士の一人が、少しばかり頭を持ちあげ、太い嗄れ声で訊きました。
「もう時が来たのか?」
博労は気転をきかせて答えました。
「いやまだです。もうじきでしょう」
重い兜をかぶった戦士の頭は又卓子に突伏しました。
博労はやっとの思いで巖窟を出ました。他の者が同じようなことに出会ったと云う話をまだ一度も私は聞いた事がありません。 (イェーツ編『アイルランド童話集』から)〔一九二四年四月〕