これは、またかう云ふ事から考へて見ても、わかるだらう。それは私が昨日なじんだ吉原の太夫と、今の女房とを、私の心もちの上でくらべて見るとする。成程一人は一夜中一しよに語りあかした。一人は僅の時間だけ、一つ舟に乗つてゐたのに過ぎない。が、その差別は、膚下一寸でなくなつてしまふ。どちらが私に、より多く満足を与へたか、それは殆どわからない。従つて、私が持つて居る愛惜も(もしさう云ふものがあるとすれば)全く同じやうなものである。私は右の耳に江戸清掻きの音を聞き、左の耳に角田川の水の音を聞いてゐるやうな心もちがした。さうしてそれが両方とも、同じ調子を出してゐるやうな心もちがした。
これは、私には兎も角も発見だつた。が、総じて、発見位、人間をさみしくするものはない。私は花曇りの下を、丁稚を伴につれて、その眉のあとの青い女房が、「ぬきあし中びねりのあるきかた」で、耳の垢とりの後から、桟橋を渡るのを見た時には、何とも云へずさびしかつた。勿論惚れた訳でも何でもない。唯向うでも大体私と同じやうな心もちでゐたと云ふ事は、私のさはつた手を動かさずにゐたのでも、わかるだらう。……
なに吉原の太夫? 太夫はまるでそれと反対な、小さい、人形のやうな、女だつた。
下
世之助 まづざつと、こんなものだつた。そこで、それ以来、その女のやうなものを関係した中へ勘定したから、合せて男女四干四百六十七人に戯れた事になると云ふ次第さ。
友だち 成程、さう聞けば尤もらしい。だが……
世之助 だが、何だい。
友だち だが、物騒な話ぢやないか。さうなると、女房や娘はうつかり外へも出されない訳だからね。
世之助 物騒でも、それがほんたうなのだから、仕方がない。
友だち して見ると、今にお上から、男女同席御法度の御布令でも出かねなからう。
世之助 この頃のやうぢや、その中に出るかも知れないね。が、出る時分には、私はもう女護ヶ島へ行つてゐる。
友だち 羨せるぜ。
世之助 なに女護ヶ島へ行つたつて、ここにゐたつて、大してかはりはしない。
友だち 今の算盤のとり方にすれば、さうだらう。
世之助 どうせ何でも泡沫夢幻だからね。さあ改めて、加賀節でも承らう。
(大正六年四月)