昔の化け物は昔の人にはちゃんとした事実であったのである。一世紀以前の科学者に事実であった事がらが今では事実でなくなった例はいくらもある。たとえば電気や光熱や物質に関するわれわれの考えでも昔と今とはまるで変わったと言ってもよい。しかし昔の学者の信じた事実は昔の学者にはやはり事実であったのである。神鳴りの正体を鬼だと思った先祖を笑う科学者が、百年後の科学者に同じように笑われないとだれが保証しうるであろう。
古人の書き残した多くの化け物の記録は、昔の人に不思議と思われた事実の記録と見る事ができる。今日の意味での科学的事実では到底有り得ない事はもちろんであるが、しかしそれらの記録の中から今日の科学的事実を掘り出しうる見込みのある事はたしかである。
そのような化け物の一例として私は前に「提馬風」のお化けの正体を論じた事がある。その後に私の問題となった他の例は「鎌鼬」と称する化け物の事である。
鎌鼬の事はいろいろの書物にあるが、「伽婢子」という書物によると、関東地方にこの現象が多いらしい、旋風が吹きおこって「通行人の身にものあらくあたれば股のあたり縦さまにさけて、剃刀にて切りたるごとく口ひらけ、しかも痛みはなはだしくもなし、また血は少しもいでず、うんぬん」とあり、また名字正しき侍にはこの害なく卑賤の者は金持ちでもあてられるなどと書いてある。ここにも時代の反映が出ていておもしろい。雲萍雑誌には「西国方に風鎌というものあり」としてある。この現象については先年わが国のある学術雑誌で気象学上から論じた人があって、その所説によると旋風の中では気圧がはなはだしく低下するために皮膚が裂けるのであろうと説明してあったように記憶するが、この説は物理学者には少しふに落ちない。たとえかなり真空になってもゴム球か膀胱か何かのように脚部の破裂する事はありそうもない。これは明らかに強風のために途上の木竹片あるいは砂粒のごときものが高速度で衝突するために皮膚が截断されるのである。旋風内の最高風速はよくはわからないが毎秒七八十メートルを越える事も珍しくはないらしい。弾丸の速度に比べれば問題にならぬが、おもちゃの弓で射た矢よりは速いかもしれない。数年前アメリカの気象学雑誌に出ていた一例によると、麦わらの茎が大旋風に吹きつけられて堅い板戸に突きささって、ちょうど矢の立ったようになったのが写真で示されていた。麦わらが板戸に穿入するくらいなら、竹片が人間の肉を破ってもたいして不都合はあるまいと思われる。下賤の者にこの災が多いというのは統計の結果でもないから問題にならないが、しかし下賤の者の総数が高貴な者の総数より多いとすれば、それだけでもこの事は当然である。その上にまた下賤のものが脚部を露出して歩く機会が多いとすればなおさらの事である。また関東に特別に旋風が多いかどうかはこれも充分な統計的資料がないからわからないが、小規模のいわゆる「塵旋風」は武蔵野のような平野に多いらしいから、この事も全く無根ではないかもしれない。
怪異を科学的に説明する事に対して反感をいだく人もあるようである。それはせっかくの神秘なものを浅薄なる唯物論者の土足に踏みにじられるといったような不快を感じるからであるらしい。しかしそれは僻見であり誤解である。いわゆる科学的説明が一通りできたとしても実はその現象の神秘は少しも減じないばかりでなくむしろますます深刻になるだけの事である。たとえば鎌鼬の現象がかりに前記のような事であるとすれば、ほんとうの科学的研究は実はそこから始まるので、前に述べた事はただ問題の構成であって解決ではない。またこの現象が多くの実験的数理的研究によって、いくらか詳しくわかったとしたところで、それからさきの問題は無限である。そうして何の何某が何日にどこでこれに遭遇するかを予言する事はいかなる科学者にも永久に不可能である。これをなしうるものは「神様」だけである。
「鸚鵡石」という不思議な現象の記事を、輶軒小録、提醒紀談、笈埃随筆等で散見する。これは山腹に露出した平滑な岩盤が適当な場所から発する音波を反響させるのだという事は今日では小学児童にでもわかる事である。岩面に草木があっては音波を擾乱するから反響が充分でなくなる事も多くの物理学生には明らかである。しかしこれらの記録中でおもしろいと思わるるのは、ある書では笛の音がよく反響しないとあり、他書には鉦鼓鈴のごときものがよく響かないとある事である。笈埃随筆では「この地は神跡だから仏具を忌むので、それで鉦や鈴は響かぬ」という説に対し、そんなばかな事はないと抗弁し「それならば念仏や題目を唱えても反響しないはずだのに、反響するではないか」などという議論があり、結局五行説か何かへ持って行って無理に故事つけているところがおもしろい。五行説は物理学の卵であるとも言われる。これについて思い出すのは十余年前の夏大島三原火山を調べるために、あの火口原の一隅に数日間のテント生活をした事がある。風のない穏やかなある日あの火口丘の頂に立って大きな声を立てると前面の火口壁から非常に明瞭な反響が聞こえた。おもしろいので試みにアー、イー、ウー、エー、オーと五つの母音を交互に出してみると、ア、オなどは強く反響するのにイやエは弱く短くしか反響しない。これはたぶんあとの母音は振動数の多い上音に富むため、またそういう上音はその波長の短いために吸収分散が多く結局全体としての反響の度が弱くなるからではないかと考えてみた事がある。ともかくもこの事と、鸚鵡石で鉦や鈴や調子の高い笛の音の反響しないという記事とは相照応する点がある。しかしこれも本式に研究してみなければよくはわからない。
近ごろは海の深さを測定するために高周波の音波を船底から海水中に送り、それが海底で反響するのを利用する事が実行されるようになった。これを研究した学者たちが、どの程度まで上記の問題に立ち入ったか私は知らない。しかしこの鸚鵡石で問題になった事はこの場合当面の問題となって再燃しなければならないのである。伊勢の鸚鵡石にしても今の物理学者が実地に出張して研究しようと思えばいくらでも研究する問題はある。そしてその結果はたとえば大講堂や劇場の設計などに何かの有益な応用を見いだすに相違ない。
余談ではあるが、二十年ほど前にアメリカの役者が来て、たしか歌舞伎座であったかと思うが、「リップ・ヴァン・ウィンクル」の芝居をした事がある。山の中でリップ・ヴァン・ウィンクルが元気よく自分の名を叫ぶと、反響がおおぜいの声として「リーッウ・ウァーン・ウィーンウール」と調子の低い空虚な気味の悪い声であざけるように答えるのが、いかにも真に迫っておもしろかったのを記憶する。これは前述のような理由で音声の音色が変わる事と、反射面に段階のあるために音が引き延ばされまた幾人もの声になって聞こえる事と、この二つの要素がちゃんとつかまれていたからである。思うにこの役者は「木魂」のお化けをかなりに深く研究したに相違ないのである。
「伽婢子」巻の十二に「大石相戦」と題して、上杉謙信の春日山の城で大石が二つある日の夕方しきりにおどり動いて相衝突し夜半過ぎまでけんかをして結局互いに砕けてしまった。それからまもなく謙信が病死したとある。これももちろんあまり当てにならない話であるが、しかし作りごとにしてもなんらかの自然現象から暗示された作りごとであるかもしれない。私の調べたところでは、北陸道一帯にかけて昔も今も山くずれ地すべりの現象が特に著しい。これについては故神保博士その他の詳しい調査もあり、今でも時々新聞で報道される。地すべりの或るものでは地盤の運動は割合に緩徐で、すべっている地盤の上に建った家などぐらぐらしながらもそのままで運ばれて行く場合もある。従って岩などもぐらぐら動き、また互いに衝突しながら全体として移動する事もありそうである。そういう実際の現象から「石と石がけんかする」というアイデアが生まれたかもしれないと思われる。それで、もし、この謙信居城の地の地すべりに関する史料を捜索して何か獲物でも見つかれば少しは話が物になるが、今のところではただの空想に過ぎない。しかしこの話がともかくもそういう学問上の問題の導火線となりうる事だけは事実である。
地変に関係のある怪異では空中から毛の降る現象がある。これについては古来記録が少なくない。これは多くの場合にたぶん「火山毛」すなわち「ペレ女神の髪の毛」と称するものに相違ない。江戸でも慶長寛永寛政文政のころの記録がある。耽奇漫録によると文政七年の秋降ったものは、長さの長いのは一尺七寸もあったとある。この前後伊豆大島火山が活動していた事が記録されているが、この時ちょうど江戸近くを通った台風のためにぐあいよく大島の空から江戸の空へ運ばれて来て落下したものだという事がわかる。従ってそれから判断してその日の低気圧の進路のおおよその見当をつける事が可能になるのである。
気象に関係のありそうなのでは「たぬきの腹鼓」がある。この現象は現代の東京にもまだあるかもしれないがたぶんは他の二十世紀文化の物音に圧倒されているためにだれも注意しなくなったのであろうと思う。ともかくも気温や風の特異な垂直分布による音響の異常伝播と関係のある怪異であろうと想像される。今では遠い停車場の機関車の出し入れの音が時として非常に間近く聞こえるといったような現象と姿を変えて注意されるようになった。たぬきもだいぶモダーン化したのである。このような現象でも精細な記録を作って研究すれば気象学上に有益な貢献をする事も可能であろう。
「天狗」や「河童」の類となると物理学や気象学の範囲からはだいぶ遠ざかるようである。しかし「天狗様のおはやし」などというものはやはり前記の音響異常伝播の一例であるかもしれない。