七
春の夜の言葉。――「やすちやんが青いうんこをしました。」
八
或三月の夜、僕はペンを休めた時、ふとニツケルの懐中時計の進んでゐるのを発見した。隣室の掛け時計は十時を打つてゐる。が、懐中時計は十時半になつてゐる。僕は懐中時計を置き火燵の上に置き、丁寧に針を十時へ戻した。それから又ペンを動かし出した。時間と云ふものはかう云ふ時ほど、存外急に過ぎることはない。掛け時計は今度は十一時を打つた。僕はペンを持つたまま、懐中時計へ目をやると、――今度は不思議にも十二時になつてゐた。懐中時計は暖まると、針を早くまはすのかしら?
九
誰か椅子の上に爪を磨いてゐる。誰か窓の前にレエスをかがつてゐる。誰かやけに花をむしつてゐる。誰かそつと鸚鵡を絞め殺してゐる。誰か小さいレストランの裏の煙突の下に眠つてゐる。誰か帆前船の帆をあげてゐる。誰か柔い白パンに木炭画の線を拭つてゐる。誰か瓦斯の匀の中にシヤベルの泥をすくひ上げてゐる。誰か、――ではない。まるまると肥つた紳士が一人、「詩韻含英」を拡げながら、未だに春宵の詩を考へてゐる。……(昭和二・二・五)