二
森の中に沼がある。大きな白樺が五、六本折れ重なって倒れたまま朽ちかかっている。朽木の香があたりに立ち籠めている。
遠くで角笛の音がする。やがて犬の吠声、駒の蹄の音が聞えて、それがだんだんに近付いて来る。汀の草の中から鳥が飛び立って樹立の闇へ消えて行く。
猟の群が現われる。赤い服、白い袴、黒い長靴の騎手の姿が樹の間を縫うて嵐のように通り過ぎる。群を離れた犬が一疋汀へ飛んで来て草の間を嗅いでいたが、笛の音が響くと弾かれたように駆け出して群の後を追う。
猟の群が通り過ぎると、ひっそりする。沼の面が鏡のように静まる。
いずこともなくニンフとパンの群が出て来る。眩しいような真昼の光の下に相角逐し、駈けり狂うて汀をめぐる。汀の草が踏みしだかれて時々水のしぶきが立つ。やがて狂い疲れて樹蔭や草原に眠ってしまう。草原に花をたずねて迷う蜂の唸りが聞える。
日が陰って沼の面から薄糸のような靄が立ち始める。
再び遠くから角笛の音、犬の遠吠えが聞えて来る。ニンフの群はもうどこへ行ったか影も見えない。(大正十二年八月『明星』)