二
炭を出す所である。炭竈の口を突き崩したら焔がぽつと一時に吹き出した。自分は思はず後へ下つた。炭竈のなかは眞赤なうちに黄色味を帶びた烈々たる凄じい火である。樅の二間餘の棒のさきへ鍵の手をつけたのを以て爺さんがそれを掻き出さうとする。炭竈の前は眉毛も焦げるかと思ふ程熱い。こんな大きな棒が果して使へこなせるものかと怪しみながら見て居ると、天井から藤蔓で自在鍵のやうなものをさげた。樅の棒はこれへ乘せ掛けたので差引が容易になる。案外な工夫である。これだから重い方が落ちついて扱ひいいのだと笑ひながら鍵の手を眞赤な炭に引つ掛ける。炭の折れることがあるとかちんと石のやうな響がする。樅の棒は見るうちに火がついてぽつぽと燃える。燃えても構はずに掻き出す。遂にはじうつと傍の流へ突つ込んで、更に水に浸して置いた鍵の手で掻き出す。少し掻き出すと一つに寄せてそれへ灰を掛ける。一遍出したら爺さんの顏も燒けた樣に眞赤になつた。何時でも拔いだことの無い獵虎の帽子をとつてだらだらと流れる汗を拭いて居る。獵虎の帽子は毛が七分通も落ちて居て汗の爲に餘つ程堅くなつて居るだらうと想像されるだけの品である。
お秋さんはどこからか青葉のついた小枝をがさがさといふ程掻つ切つて來た。炭は既に灰から掻き出されてあつたがお秋さんは直炭の碎けを篩ひ始めた。乾燥し切つた灰は容赦もなく白い手拭へ浴せかかる。それで粉炭がどれだけ有つたといふと俵の底が隱れるだけであつた。直に炭を俵へつめる手傳にかかる。青葉のついた小枝はぐるつと丸めて俵の尻へ當てるのであつた。
お秋さんはこんなに忙しく仕事をして居たと思つたら、ふと見えなくなつた。自分は谷が急に寂しくなつた樣に感じた。尋ねるといふでもなく昨日炭木の運ばれた窪みを登つて行つた。眞急な崖へ瘤のやうにいくつもぼくぼく出た所に、草鞋で踏んだ樣に土のついた趾がある。瘤へ手を掛け足を掛け登る。お秋さんはそこの窪みに獨で枯木を挽いて居た。傍にはもう十本ばかり薪が積んである。窪みは深さも大さも皿程である。密生した樹立は雫も滴るかと思はれて薄暗い。自分は薪へ腰を掛けた。お秋さんの手拭の絲目の交叉して居るのまでがはつきり見えるまでに近寄つた。お秋さんは兩足を延して左を枯木へ乘せて居る。鋸を押したり引いたりする毎に手拭の外へ垂れた油の切れたほつれ毛がふらふらと搖れる。懶い樣な鋸の音の外には何の響もない。お秋さんは異樣な眞面目な顏で鋸から目を放さない。自分も腰を掛けた儘ほつれ毛と白い襟元とを見詰めて居るばかりである。物をいふのも惡いが默つて居ても却て極りが惡い。構はずにずんずん話を仕掛けたら善いぢや無いかといつたつてそりやさうはいかぬ。兎に角自分から口火を切つた。どんな事で口火を切つてどんな鹽梅に進行させたかといつたつてそれも言へぬ。お秋さんは餘計にはいはぬ。何處までも懶ましいのである。唯かういふことがあるのだ。此山蔭では蛙を「あんご」といふことや、蟷螂を「けんだんぼう」といふのだといふことやである。それから茸採りに行つて澤山あるといふことを「へしもに/\ある」といふのだといふことであつた。これでは笑はずにはゐられなかつた。自分は忘れた時の爲めにと思つて手帳を出したら偶然どこかの盆踊唄といふのが書いてあつたのを見つけた。「ことしの盆はぼんとも思はない、かうやが燒けても、もかりがぶつこけて、ぼん帷子を白できた」といふのである。これを聞かしたら「ぼん帷子を白できた。」といふのを繰り返しながら暫くは鋸の手を止めて居る。さうして自分を見た時にはいくらか寂しみを帶びた温かい微笑を含んで居つた。此所にもこんなのが有りますといつて「大澤行川の嫁子にならば花のお江戸で乞食する」といふのを低い聲でいつた。謠つたのではない。謠へば面白いのだが、お秋さんには迚てもそんなことを爲せて見ようつて出來ないから駄目だ。それどころではない。少し聞き取れぬ所があつたので折り返して聞いたら赤い顏をして仕舞つたのである。これが谷の三日目である。