彼女の恐怖は、今までそこに思ひ到らなかつたといふことのために、餘計大きく影を伸して行くやうであつた。彼女は新たなる悔を覺えた。赤裸々に、眞面目に、謙遜に悔ゐることの、悲痛な悲しみと、しかしながらまた不思議な安かさとをも併せて經驗した。彼女が今までの悔は、ともすれば言ひ譯の楯に隱れて、正面な非難を拒いでゐたのを知つた。彼女は今自分の假面を引剥ぎ、その醜さに驚かなければならなかつた。今こそ彼女は、亡き夫の靈と純潔な子供の前に、たとへ一時でもその魂を汚した悔の證のために、死ぬことが出來るやうにさへ思つた。
天にでもいゝ、地にでもいゝ、縋らうとする心、祈らうとする希ひが、不純な沙を透して清くとろ/\と彼女の胸に流れ出て來た。
君子が不審しさに母親の容子に目をとゞめた時、彼女は亡夫の寫眞の前に首を垂れて、靜かに、顏色青褪めて、身じろぎもせず目をつぶつてゐた。
雨はます/\小降りになつて、そして風が出た。木の葉の露が忙しく搖り落される。(をはり)