水火夫室から、倉庫へ下りる事は、負って下りると云う方法で行われた。
倉庫から、ピークへは、「勝手に下りて貰う」より外に方法が無かった。
十五呎を、第一番に、死体が「勝手に」飛び下りた。
次に、火夫が、憐を乞うような眼で、そこら中を見廻しながら、そして、最後の反抗を試みながら、「勝手」に飛び込んだ。
「南無阿弥陀仏」と、丈夫な誰かが云ったようだった。
「たすけ……」と、落ちてゆく病人が云ったようだった。そんな気がした。
水夫は未だ確りしていた。
「俺はいやだ!」と彼は叫んだ。
彼は、吐瀉しながら、転げまわりながら、顔中を汚物で隈取りながら叫んだ。
「俺は癒るんだ!」
「生きてる間丈け、娑婆に置いて呉れ」
彼は手を合せて頼んだ。
――俺が、いつ、お前等に蹴込まれるような、悪いことをしたんだ――と彼の眼は訴えていた。
下級海員たちは、何か、背中の方に居るように感じた。又、彼等は一様に、何かに性急に追いまくられてるように感じた。
彼等は、純粋な憐みと、純粋な憤りとの、混合酒に酔っ払った。
――俺たちも――
此考えを、彼等は頑固な靴や、下駄で、力一杯踏みつけた。が、踏みつけても、踏みつけても、溜飲のように、それはこみ上げて来るのだった。
病める水夫は、のたうちまわった。人間を塩で食うような彼等も、誇張して無気味がる処女のように、後しざりした。
彼等は、倉庫から、水火夫室へ上った。
「ピークは、病人の入る処じゃねえや」
「ピークにゃ、船長だけが住めるんだ」
彼等は、足下から湧いて来る、泥のような呻き声に苛まれた。そして、日一日と病人は殖えた。
多くもない労働者が、機関銃の前の決死隊のように、死へ追いやられた。
十七人の労働者と、二人の士官と、二人の司厨が、ピークに、「勝手に」飛び込んだ。
高級海員が六人と、水夫が二人と、火夫が一人残った。
第三金時丸は、痛風にかかってしまった。
労働者のいない船が、バルコンを散歩するブルジョアのように、油ぎった海の上を逍遥し始めた。
機関長が石炭を運び、それを燃やした。
船長が、自ら舵器を振り、自ら運転した。
にも拘らず、泰然として第三金時丸は動かなかった。彼女は「勝手」に、ブラついた。
日本では大騒ぎになった。――尤も、船会社と、船会社から頼まれた海軍だけだったが――
やがて、彼女が、駆逐艦に発見された時、船の中には、「これじゃ船が動く道理がない」と、船会社の社長が言った半馬鹿、半狂人の船長と、木乃伊のような労働者と、多くの腐った屍とがあった。
――一九二六、二、七――