二
私の村の学校の教師に溝口といふ老人があつた。彼はみじめな残骸をそつちへこつちへ逐ひやられて到頭辺鄙な私の村へ逐ひつめられたのであつた。自ら士族だといつて居たがさういふ俤もあつた。撃剣をしたしるしだといふて皺だらけの手の甲を見せることがあつた。目もどうかするとぎろりと光ることもあつたが生活の圧迫からいつとはなしにさもしい心が出たと見えて酒でもやるとへこ/\と頭を下るのであつた。遅くまで子があつたと見えて夫婦共に七人の家族だといふことを聞いて居た。老朽の教師の俸給で七人の糊口は容易なことでないのだから到底好な酒までには及ばないのである。然し性来の子煩悩と見えて能く生徒の世話をするといふので父兄とは懇意にして居た。そつちこつちと訪ねては酒にありついて居た。さうして其帰りには茄子でも芋でも其季節のものを貰つて提げて行く。自分の小さな風呂敷包を首へ括つて両脇へ大きな南瓜を抱へて行くこともあつた。よろ/\として行く処を見ると遊戯に耽つて居る村の子供が騒ぎながら先生の後に跟いて部落の境まで行く。風呂敷が解けて茄子でも芋でも転げ出すと教師は慌てゝ拾つては袂へ入れる。生徒はわあと先を争うてそれを拾ふ。先生は更に慌てる。生徒は各手柄でもしたやうにそれを先生へ返すのである。斯ういふ教師が其頃まだ世間に存在して居たといふのは不審に思はれるやうであるが、それを馘つて畢ふことが忽ち其一族に悲惨な目を見せなければならないので情実といふものが幸に余命を繋がしめて居たのである。庭に散つた木の葉がそつちこつちと掃き寄せられるやうに自己の運命の終局までには幾多の学校を移つて歩かねばならぬ。然しかういふ教師の役に立たぬ割合には父兄の間には気受がいゝ。それといふのは子煩悩で能く生徒の世話をするのと応対が砕けて居て他の教師のやうなツンとした所がないからである。百姓の目には袴を穿いてる教師の地位は立派なものである。だからさういふ人間から親しい言葉を挂けられるといふことが彼等には満足なのである。私は此の教師を憫むべきものと思つて居た。私の家は父母と私と只三人のみの家族であつたから此の教師の私の家を訪問すべき機会は少なかつた。それでも時々来ることは来た。如何にも控目にして居る容子を見ると私の母は不取敢酒を出さぬ訳には行かなかつた。其帰る時には又野菜の一包が彼の手に在つたのである。或時彼はまた非常に恐縮した容子で私の家へ来た。酒が其元気を恢復した時に私の母へ嘆願があるといひ出した。それはかうであつた。彼の長女で、彼の妻の郷里の知合の人が媒酌で其近村へ娵に行つたのがあつた。それが一年ばかりになるのだがどうしても亭主が厭だといふので遁げて来て畢つた。それが遂近頃のことである。仮令下女奉公をしても酌婦に売られても亭主の側へもどるのが厭だといつて聴かぬ。厭だといふものを無理に逐ひ帰して間違があつたら取り返しのつかぬことである。酌婦に落ちぶれさせることも忍びられない。さうかといつて自分の家へ置いたのでは其の日/\に困つて畢ふ。どうかあなたの家に暫く預つて下女代にでも使つておいて貰ひたい。針仕事は一人前のことは差支がないからといふのであつた。私の母も気の毒に思つたし、僅に三人の家族のうちでそれも私の父は大概他出して居るので家に在るものは母と私と二人のみで、傭人が寂しい夜をやつと賑はして居たに過ぎない不自由だらけな生活であつたのだから、針仕事の出来るといふのを幸に一時預つてやらうといふことにも成つたのである。私も其時どういふものか私の家に女が一人殖えるといふことが決して悪い心持はしなかつた。それで私は其次の日の夕方それがどんな女か見たいやうな気もしたので行つたこともない教師の寓居へ用をかこつけて行つて見た。ひどい穢い住居であつたがそれでも厭な心持も起さずに帰つて来た。学校は私の家からでは大分隔つて居たので教師の寓居も遠かつた。二三日して母といふのが其女を連れて来た。女の弟といふ小さな子も一緒に手を引かれて来た。母といふのは教師とは大分年齢が違ふやうに見えた。さうして教師の無頓着なのと違つて仲々一癖あり相な容貌であつた。女は其夜から私の家の人になつた。私の情史の第一頁が此れから染められるのである。女は既に男といふものゝ間に築かれてある一重の垣が除かれた身であつたのである。女はおいよさんといつた。二十一だとかいつたが少し大柄であつたので二つ三つは隠して居るかと思はれた。おいよさんにはくつきりと色の白い所が第一の長所であつた。夜になると能く吊しランプの側で髪を束ねた。以前熱病に罹つたことがあつて其後髪の毛が恢復しないのだといつて夜束ねた髪も朝になると耳のあたりへ短い毛が少しこけて居るのであつた。おいよさんには何処といつて格別にいゝ所はなかつたが人の心を惹くのは其涼し相な目であつた。然しぢろりと横を見た時には意地の張つた女であるといふことを思はしめた。それは窮乏な家庭に成長した丈に野卑なさもしい処もありはあつたが、それは極めて冷静に見ていつたことで母も私も同情して居たのであるからそんな欠点を見付けよう抔といふ念慮は其時ちつとも持たなかつたのである。教師の子だけに手紙を書くことが女としては達者であつたのも母の心に投じたのであつた。おいよさんは毎日針仕事と炊事の手伝とをして居た。只時々その大柄なのには似合はず加減が悪いといつては臥せることがあつた。教師はおいよさんが来てから遠い処を能くおとづれた。好きな酒も非常に遠慮して時には遁げるやうにして飲まずに帰ることもあつた。さうしておいよさんが平生から虚弱であつたことをいつて母へ哀訴するやうに頼んで行くのであつた。教師の腰の低い割合においよさんにはツンとした所があつた。我儘に育てられた女であつたのだ。尤も此は私がおいよさんと別れてから母も私も思つたことである。私の病気のために心配した母はおいよさんにも深く同情したのである。障子の蔭で針仕事をしながら
「おいよさんもお弱くて困りますね。それに何だか思はしくないんですつてお父さんも大抵の苦労ぢやないんでせうね。あなたも我慢することは出来ないんですかね」
私の母がいつたことがあつた。
「どうしても私厭なんでございますから」
暫くたつてからおいよさんの声でかういつた。
「それでもあちらでは戻したいといふんぢやありませんか」
「どうでございますか」
「此間あちらから人が来た相でしたね」
「そんなことを父が申して居りましたが」
「籍はまだ送つてないんだつてましたね」
「まだこちらにございますから私さへ戻らなければそれまでなんでございます」
「そんなことを聞いては何ですがそれには訳もあるんでせうがね」
「私どうしても厭なんでございます」
私は襖を隔てゝかういふことを聞いたことがある。私は耳を欹てた。おいよさんは戸籍は送つてないといつたけれど夫のある女である。夫のある女といふものは決して善い感じを与へるものではないのである。然し私に近くおいよさんの居ることは私に少しも不快の感を起させない。おいよさんが私の家に少し落ち付いた頃私は其涼し相な目を見てふと何処かで見たことがありはしないかと思つた。追求の念が絶えず私をそゝつておいよさんの顔を見させたのである。おいよさんは此を何と思つたか、私がおいよさんを見る度においよさんも私を見返すのであつた。