しかるに計らずも、このたびの食糧騒動の促した各都市の救済行為が、私の持説に裏書をしているように思われます。
皆さんのお見受けの通り、このたびの救済行為は在来のに比べるとやや大仕掛であって、各都市はそれに補給されて内外米の廉売を盛に実行しております。そうして、それらの寄附者の主なる人たちには、一つの婦人慈善団体も加わっていないのです。百万、五十万、二十万というような大きな額のは勿論、一万、二万という額のものは悉く富豪階級における男子たちの名に由って提供されております。
こういう巨額な寄附をしてこそ慈善行為も現に見る所のように、その効果を最も顕著に挙げることが出来ます。現代の慈善はかつて私が救世軍の慈善鍋を評した時にも述べたことですが――多くの労力を掛けて零細な金銭を集めるような迂闊な手段に由って為されるのでなく、不当利得を常態として、民衆の労働価値の大部分を自家の私有財産に組み入れている大資本家階級から、今度のように必要に応じて、一挙して数百万乃至数千万円を醵出する事でなければなりません。これに由って思うと、最も有効な慈善については婦人の無力であることが解り、併せて慈善行為がその無力な婦人に決して適当した任務でないことが解ります。しかし私はこれがために婦人の持っている優しい慈善心を抑制し、かつその慈善行為を廃棄せよというのではありません。(一九一八年八月)
(『太陽』一九一八年九月)