高田保馬氏の新著『社会学的研究』の中には、また特殊の見地から家族制度に対する弱点が暗示されています。即ち人間が家族的乃至民族的というような関係に由って小さく結合する事は、それが内に向って鞏固であるほど、それだけ排他的精神が強く働き、従って社会的人類的の大きな結合が困難になるという議論です。私はこの議論に敬服します。家族制度の精神は一種の小さな党派根性です。他と自分とを水と油の関係に置いて分離し、新理想主義の極致たる、世界人類を以て連帯責任の共存生活体と見る精神と相容れないものです。家族制度の排他思想を最も露骨に示すものは、貴族や富豪の家屋が塀を高くし門を堅くして、他に向って小さな城塞にひとしい威圧を示さなければ満足しないのでも見ることが出来ます。彼らはその家屋と庭園とを公開して民衆と共に楽もうとするような新理想主義的な雅懐を持っていないのです。また家族制度の下に家系に繋がる特殊の栄誉を世襲する彼らは、祖先の美名と現在の爵位とを誇示して、他の一般民衆と分離し、幾段か高い名門貴種の人であることを是認せしめようとします。みすぼらしい家屋に住んで、平凡無能な祖先しか持たず、その上に何らの社会的地位もない私たち大多数の無産者に取って、最も頑固な家族制度の中に旧式な生活を維持している大華族や大富豪ほど四民平等的の親みを持ちがたい者はありません。今は成金と称する新富豪さえも彼らに擬して、その邸宅と日常生活を民衆と区別し、その称呼をも御前様お姫様を以て自ら僭しつつあります。家族制度の結合が固まるほど社会と極端に分離する性質のものであることは高田氏のお説の通りだと思います。
私はまた家族制度に由って縛られた生活ほど、唯今の時代においては、道徳的に不良な状態にあるものはないという事を附け加えずにいられません。この制度の下にあっては、家長の命令が至上権を持っています。父母の保護監督を必要とする少年期にはともかく、それ以上の年齢に達して自由意志を持つ青年男女が、自己の権利と責任観念とに由って自主的に自己の欲求する行動を取り難いということは、いうまでもなく非常の苦痛です。彼らはカントのいわゆる自己目的のために存在する独立の人格者でなくて、家長の意志に由って左右される第二次的人間として存在せねばならないのです。これがために家長と家族との間に忌わしい反目があり衝突があります。親と子と、兄と弟とが同じ屋根の下に住んで見苦しいかつ悲しい争闘を続けている家庭というものは、我国の現在において随所に発見することが出来ます。女子が良人の選択権を持たず、家長の意志のままに恋愛のない結婚に盲従してしまうのもこの制度のためです。舅姑の勢力が嫁に対して良人より勝っているのもこの制度のためです。男子の遊蕩を寛仮して妻妾の併存を認容するのも、男女道徳以上に血統を重視する家族制度の特権であるのです。この制度の中に因習的に住む者が思想感情の乖離と、物質的福利の争奪と嫉妬とに由って、常に複雑にして醜悪な小人的の私闘を絶たない事は、家族の延長である我国の親族関係において特に顕著であって、この事は大抵の人に思い当る所があると信じます。
保守主義者は家族制度を以て孝悌忠信の保育所であるように考えているのですが、実際は大抵の場合これと反対な結果を示しているのです。現に地方から都会に出て独立の生活を営んでいる者は、大学の教授、政府の大官、財界の有力者より工場の女子労働者に至るまで、多くは非常な勇断の下に家族制度の精神に背いて、かつて一度その郷里の家庭から離れ去った人たちであるのです。現代においては、このように家族制度を超越して、父母の膝下を辞し、兄弟相別れて、各自の欲する所に赴いて活動するのが、かえって順当に孝悌忠信の実を挙げる結果になっています。これは決して男女の性別に由って相違のある事ではなく、現代における経済条件の必要と個性に根ざす独立生活の欲望とは、男をも女をも屋外と他郷との労働に就かしめ、特に男子よりもその数において多い我国の婦人労働者は、工場におけるその痩腕の稼ぎから生み出した賃銀に由って自己の衣食を支え、それを以て家長の厄介を尠くしているだけでも、家にあって反目と争闘の中に暮している上流階級の家族制度的婦人に比べて、どれだけ現代道徳の実行者であるか知れません。私が昨年の九州旅行で聞いた事ですが、布哇や北米やその他へ出稼ぎしている彼地方の男女は、毎年尠からぬ額の金を郷里へ送って父母の慰安とし、弟妹の教育費に当てる者が多く、中には家倉を新築させ、田畑を買わしめる者さえあるといいます。もしそれらの男女が家族的制度の下に小さく固まって郷里に留っていたら、果してそれだけの愛情を父母兄弟に寄せることが出来たでしょうか。
思想の統一に至っては、茲にも官僚教育者たちの画一主義が専制的な威圧を示しつつあることを私は怖れます。ウィルソンは巴里のソルボンヌ大学の演説で「大学の精神は自由にあり」という事を述べましたが、大学をすら官僚の牙営に供して、その独立自由を確保しない我国の教育者は、人間の思想をも官営として一手専売を強いようとするのです。しかし思想の何物であるかを知る人々にあっては、官僚は勿論、如何なる偉大な人格が強制的に統一しようとしても不可能である事を識別するであろうと思います。何が世の中で自由であるといっても、人間の心の内に起伏し流動する思想ほど自由なものはありません。顔さえも個別的の特色を備えて真実の意味にて瓜二つというものはないのに、まして、刻々に移動する思想は、個人の自発的なものほど個性の色彩が著しく、たとい他人の思想を受け容れたものでも第二の個性に由って着色され変形されないものはないのですから、万人万様の思想が存在するのは当然の事で、それらの思想が拮抗し、比較し、補正し、助長し合って存在してこそ、人類の思想は自浄作用の中に深化と進歩とを遂げるのであると思います。昔から宗教、学問、芸術のいずれでも官営の一種に決ってしまえば、いずれもその本質の腐敗を招かないものはありません。堂上の和歌、聖堂の朱子学、ロダンが罵った仏蘭西院体派の芸術、その実例はいくらでもあります。殊に官営の宜しくない事はその官権を以て反対の思想を暴力的に圧伏することです。思想の自由を奪うに至っては思想の統一でも尊重でもなく、反対に思想そのものの発展を願わない者のする残忍不法な行為です。
思想は統一されるものでない。兵隊の数に応じて同じ帽を被らせ得るように、人類をして均一に同じ思想を持たせ得るものでない。同じ思想に停滞したり囚えられたりしないで、勝手に優れたものであると自認する新しい思想を提供してこそ、世界人類の創造的進化に参加して各人が実力相応の貢献を為し得るのであると思います。思想が一種に固定してしまったら世界は化石状態となって、人類は自我発展の余地がなくなり、何の生き甲斐もない退屈な中に退化し自滅し去らねばならないでしょう。
それよりも、今日において、何人も互に自ら注意すべきことは、思想の統一というような閑問題でなく、この戦後に発生する雑多な思想の混乱激動の中を安全に乗り切ろうとするのに、その雑多な思想のいずれをも観察し、批判する事を怠らず、それがたとい外観上如何に険峻なものに見えようとも、また温健なるものに見えようとも、必ずその内容の純正か否かを透察し、それを自分の思想の養料として採用することだと思います。生活の理想は他人の指導に盲従してはならない。必ず自分の批判を経て全く自分の思想となったものを信頼せねばなりません。ウィルソンの唱える新理想主義にしても、私はそれの雷同者の俄に多いことを頼もしげなく思います。戦争で独逸の負けたのを見て俄に独逸語の排斥を唱えたり、独逸の学問芸術までを罵ったりする軽佻な識者の多い日本に、昨日今日威勢の好い民主自由の思想に何の省慮も取らず共鳴する人の殖えて行くのは一概に嬉しいとはいわれません。
私もウィルソンを尊敬する一人です。しかしウィルソンの唱えたが故に私は人道主義や民主主義に賛成する者ではないのです。貧弱ながら私の理想は私自身の建てたものです。それがウィルソンの偉大な理想と偶ま似ている所があるというに過ぎません。そうして、私は今日の私に停滞していようとする者でなく、勿論ウィルソンの理想に低徊しているような閑人でもありません。明日はウィルソンが彼れの大きな道を選んで前進するように、私は私で自分の小さな道を選んで前進するでしょう。固より次第に激増する雑多な思想の混乱激動に出会うのは覚悟の前です。
私は一つの譬喩を茲に挿みます。巴里のグラン・ブルヴァルのオペラ前、もしくはエトワアルの広場の午後の雑沓へ初めて突きだされた田舎者は、その群衆、馬車、自動車、荷馬車の錯綜し激動する光景に対して、足の入れ場のないのに驚き、一歩の後に馬車か自動車に轢き殺されることの危険を思って、身も心もすくむのを感じるでしょう。しかしこれに慣れた巴里人は老若男女とも悠揚として慌てず、騒がず、その雑沓の中を縫って衝突する所もなく、自分の志す方角に向って歩いて行くのです。雑沓に統一があるのかと見ると、そうでなく、雑沓を分けていく個人個人に尖鋭な感覚と沈着な意志とがあって、その雑沓の危険と否とに一々注意しながら、自主自律的に自分の方向を自由に転換して進んで行くのです。その雑沓を個人の力で巧に制御しているのです。私はかつてその光景を見て自由思想的な歩き方だと思いました。そうして、私もその中へ足を入れて、一、二度は右往左往する見苦しい姿を巴里人に見せましたが、その後は、危険でないと自分で見極めた方角へ思い切って大胆に足を運ぶと、かえって雑沓の方が自分を避けるようにして、自分の道の開けて行くものであるという事を確めました。この事は戦後の思想界と実際生活との混乱激動に処する私たちの覚悟に適切な暗示を与えてくれる気がします。