曽根は何だか愉快になって来た。そしてまた続けた。
(社長さん、ちょっと思い出したから尋くが、君はもと浅草の何とかいう横町で油売りをしていたってね。――何もよけいなことには相違ないが、校正のT―老の話だからまんざら嘘でもあるまい。草鞋をはいて車を曳いて行商をしてあるいたんだって、いや、全く見上げたものだ。T―老もその話をしていかにも羨ましがっていましたよ。君のその非凡なる成功は誰だって感服のほかはないさ。あなたはこのごろお宅では、家内のものどもに「ご前様」てなことを言わせておいでだそうですね。それから靴なども一々小間使に命じておぬがせになるのだとか、それもやはりT―老が言っていましたよ。なかなか高尚な趣味というものですね。いつごろからそんなことをお思いつきになりました? まったく豪勢ですよ。それにしても一体、君が新聞の株なんかどうして買うようになったのだね。しかし君のこの成功もこの新聞の株を手に入れてからだと言うからやはり先見の明があったというものだね。それにしても社長は少々恐れ入るね。全くさ。いや失敬、失敬、社長さん、あなたは近いうちにこの社を売り飛ばすって噂があるが、まったくですか。このあいだ五六人でね、月給をちっともあげてもらえないことや、窓のこわれたのなどをいつまでも修繕しないでおくことや、いろいろそんな話をしていたんですよ。そうすると、その中の一人が、一代の警句でも見つけ出したかのような得意な調子で、「収穫時に肥料をほどこす農夫もあるまいよ」だって。全くそのとおり、そのとおり。私もそれに大賛成です。……)
曽根はなお、次ぎから次ぎへとこんな風にして飽かず続けて行った。そしてその日は一行も書くことがなくて、五時少し過ぎると、夜の交代の来るのを待たずにSたちの連中につれられて社を出た。
曽根はそれから三四日自分の下宿に帰って行かなかった。今日も社が退けて外へ出たが、どうしても下宿へ帰える気はしなかった。今ごろのっそりと帰って行けば、何か面白くないことの二つや三つはきっと起っているに相違ない。第一番にあの主婦がやって来て長々と例のやつを催促する。それから約束しておいたのだから、昨日は洋服屋が残りの金をとりに来たに相違ない。あの洋服屋も可憐そうな男だ、四十幾つになって、店はつぶれる、妻には先だたれる、身を寄せるところさえもなくなり、仕方なしに昔しの相弟子の店へ寝泊りまでさせてもらって仕事をしているのだ。苦労人だからああしてがみがみと言わないでいつも好い顔を見せているが、あれは是非何とかしてやろう。無理しても近いうちに持って行ってやらなければならぬ。だが、この俺はどうだ? また月末が思いやられる。何と法を講じたものか? と言って今さらどうなるものか、また辛い思いをしてもどこかへ泣きついて借金をするほかはない。だが、俺の知っている奴に誰が金を持っている? 金を持っているような知己のところへは、どこもここも、義理を悪くしているから行くことが出来ない。……昨夜宿めてくれた長谷川は、そんなに困っているならお伽噺でも書いたらどうか、少年雑誌の編輯をしている人を知っているからそれへ売りつけて上げることにしてもいい、と言ってくれた。そうか、まあ、これからそんなことでも少しずつ初めることかな。……こんなことを思いながらぶらぶら当てもなく銀座の通りへ出た。
お伽噺などと言ったところで、どんな風に書いて良いものか、それにこのごろの子供はどんなことを好くか、それからしてちょっと当りがつかない。しかしとにかく筋を一つ立てて見よう。彼はほんとにそれをやって見る気になっていろいろと真面目に考えた。考えてもなかなかおいそれと面白そうなことが思い浮んで来ない。継児だの孤児だのを材料にしても今様に仕組んだ哀れな物語をよく活動写真などで見るが、そんなものは何ぼ何でも我慢が出来ない、それではやはり、ごく古いところで、「むかしむかしあるところにお爺さんとお媼さんとがありました」かな。これもあんまり白っぱくれていて感心出来ないが、まあそんなことにして初めるとしよう。
「爺さんは山へ薪かりに、媼さんは川へ洗濯に行きました。……媼さんがじゃぶじゃぶ洗濯をしていますと、川上の方から大きな桃が二つ、どんぶらこ、どんぶらこと流れて来ました。その時、媼さんは何と言ったっけな。(小さな桃あっち行け、大きな桃こっちへ来い)それ、それ。……媼さんに拾われた大きな方の桃は皆様ご存知の通り、その中から桃太郎さんが産まれ出て、のちにお腰に日本一の黍団子をぶら下げて鬼ヶ島征伐に出かけるのですが、さて、あの時媼さんに拾われなかった、もう一つの小さい方の桃はその後どうなったでしょう。兄さんの桃太郎に別れて一人ぽっちになって、どんぶらこ、どんぶらことどこまで流されて行って、何者のために拾われて、どんな一生を送ったでしょう。……」
なかなかうまいぞ、と思わず手を拍った。すると、その様子があんまり突飛でおかしかったものと見えて、擦れちがった二人連れの紳士がくすくすと笑って行った。彼はそんなことには気もつかず、なおその先を一生懸命に考えていた。
新橋の先まで行って、ふと気がついて引き返えした。
もう、灯がぽつぽつつきだしていた。屋根上や、特にそのために造られた高い塔の上の広告燈が、(さあそろそろ初めましょうよ)とでも言うように二つ三つ、まだ暮れきらない薄明りの空に明るくなりまた暗くなりしていた。夕靄の白く立ちこめた街の上を、わけもなく初夏の夕を愛する若いハイカラ男やハイカラ女が雑踏にまじってあちらこちらへ歩るいている。流行のみなりをしていそいそと、まるで尾ひれを振ってあるく金魚かなどのようにしなしなと品をつくッて歩るいている。裏通りの方ではまた、どこか近くの料理屋に宴会でもあって、それへ招かれでもしたのか濃艶におめかしした芸者衆が幾人も幾人も自動車で運ばれて通っていた。
曽根は(誰だかうまくやってる奴があるな)と思った。どことかに、自分に隠れて、自分の目のとどかないところに、自分などの知らないことで、いいことがどっさりあることと思うた。淋しいような、やきもきとそそられるような気がした。するとついさっきまで、お伽噺の筋を一生懸命に考えていたことなどがあまりに意気地なく、あまりに馬鹿馬鹿しいような気がした。何という廻りくどいことだ、……いや、俺は一体何歳だというのだ。二十六七と言えば、花ならば今が満開だ。まったく、満開がいつまでも続くものか、「青年は人生の美しき口絵!」こんなことを誰やらが言っている。「美しき口絵」そのとおり、そのとおり。……しかるに
(おい、曽根君、当年二十七歳の美男子、君のその縮こまり方と来たらどうだい。棒切れに突かれた蝸牛みたいに恐ろしく引込み思案を初めたその君の心は、……お伽噺とはほんとに好い思いつきだよ。ふ、ふ、川へ落ちたぐらいが何だね、借金が何だね、憂き世の波におじ気がつきましたかね。……おとなしいお子供さん、そのうちにどこかの小父さんが讃めてくれるだろう。……)また例のやつが彼の腹の中で初まった。すると急に元気づいて来て、口を尖らし、口笛で何かでたらめのマーチをやり出したりした。しばらくすると彼は人通りのないような横町へちょっとそれて懐中から金入れをとり出し、その中をしらべてみた。
それから小半時間ばかりして、友の松本が彼らのよく行く銀座の××酒場へ入って行くと、そこの隅っこの方に一人で淋しそうにウイスキーを飲んでいる曽根の姿を見出した。松本はちょうど誰かいい相棒をほしいところだったから酷くよろこんだ。そーッと曽根に気づかれないように彼の背後から両手で彼の目を塞いだ。
曽根は飛び上って喜んだ。握手を求めながら言った。
「何かうまいことでも見つかったかね」
「それどころではない、僕は社をやめてしまったよ」
「え? どうして?」
「あんまりけちなことばかりで、退屈で退屈で我慢が出来なくなってしまった」
「それで、どうしようというのだ」
「どうと言って別に当てなんかあるものか。――まあ、二ッちも三ッちもならなくなるまではこうしているさ。その先はどうにかなる。口入れ屋へでも何でも出かけるんだ」
曽根は、何だか自分もやろうとしていたことを先を越されたような気がした。そしてある感激を覚えた。彼は盃をあげて突然
「松本! 君の健康を祝す」と叫んだ。
酔いがまわるにつれて二人は快弁になった。二人とも相手になんかおかまいなしで、てんでん勝手なことをどなった。曽根はおどけた一種の節をつけて、
「……むかし男ありけり、詩人にてありけるが、いまだ一つの作詩をもなさざるにある日酒に酔いて川に落ち、そのままみまかりにけり。か、そのとおり、そのとおり。まるで一口噺だね。……二人は酒をくみかわし、酔うて別れた。そしてその後ついに相会う機会を持たなかった。数年の後、あるいは数十年の後、二人は別々な土地で、別々な死に方をしてあの世の人となってしまった……か。人生よ、げに一口噺のごとき人生よ。……」
こんなことを言っていた。
松本は松本で、そんなことには耳をかさず、まるで演説でもしているような口調で、
「……世の一切の得失が我々にとって何でありましょう。世の一切の美、一切の醜、一切の善、一切の悪、それが何でありましょう。……無職業、無一物、そして宿なし、まことに勇気ある者のみの営み得る最も勇敢なる生活だ。そこにのみ誠に清新なる生活が味わわれるのだ。……何を恐れ、何を憂えんやだ。いかなる苦悩も、いかなる困窮も、やがて次ぎの時間に我々から「経過」して消えて行ってしまう、そしていつも我々の生命と、我々の思想と、我々の身体とが残って存在しているのだ。これでたくさんだ。……何という幸福でありましょう。……」