それは田舎の夏のいいお天気の日の事でした。もう黄金色になった小麦や、まだ青い燕麦や、牧場に積み上げられた乾草堆など、みんなきれいな眺めに見える日でした。こうのとりは長い赤い脚で歩きまわりながら、母親から教わった妙な言葉でお喋りをしていました。
麦畑と牧場とは大きな森に囲まれ、その真ん中が深い水溜りになっています。全く、こういう田舎を散歩するのは愉快な事でした。
その中でも殊に日当りのいい場所に、川近く、気持のいい古い百姓家が立っていました。そしてその家からずっと水際の辺りまで、大きな牛蒡の葉が茂っているのです。それは実際ずいぶん丈が高くて、その一番高いのなどは、下に子供がそっくり隠れる事が出来るくらいでした。人気がまるで無くて、全く深い林の中みたいです。この工合のいい隠れ場に一羽の家鴨がその時巣について卵がかえるのを守っていました。けれども、もうだいぶ時間が経っているのに卵はいっこう殻の破れる気配もありませんし、訪ねてくれる仲間もあまりないので、この家鴨は、そろそろ退屈しかけて来ました。他の家鴨達は、こんな、足の滑りそうな土堤を上って、牛蒡の葉の下に坐って、この親家鴨とお喋りするより、川で泳ぎ廻る方がよっぽど面白いのです。
しかし、とうとうやっと一つ、殻が裂け、それから続いて、他のも割れてきて、めいめいの卵から、一羽ずつ生き物が出て来ました。そして小さな頭をあげて、
「ピーピー。」
と、鳴くのでした。
「グワッ、グワッってお言い。」
と、母親が教えました。するとみんな一生懸命、グワッ、グワッと真似をして、それから、あたりの青い大きな葉を見廻すのでした。
「まあ、世界ってずいぶん広いもんだねえ。」
と、子家鴨達は、今まで卵の殻に住んでいた時よりも、あたりがぐっとひろびろしているのを見て驚いて言いました。すると母親は、
「何だね、お前達これだけが全世界だと思ってるのかい。まあそんな事はあっちのお庭を見てからお言いよ。何しろ牧師さんの畑の方まで続いてるって事だからね。だが、私だってまだそんな先きの方までは行った事がないがね。では、もうみんな揃ったろうね。」
と、言いかけて、
「おや! 一番大きいのがまだ割れないでるよ。まあ一体いつまで待たせるんだろうねえ、飽き飽きしちまった。」
そう言って、それでもまた母親は巣に坐りなおしたのでした。
「今日は。御子様はどうかね。」
そう言いながら年とった家鴨がやって来ました。
「今ねえ、あと一つの卵がまだかえらないんですよ。」
と、親家鴨は答えました。
「でもまあ他の子達を見てやって下さい。ずいぶんきりょう好しばかりでしょう? みんあ父親そっくりじゃありませんか。不親切で、ちっとも私達を見に帰って来ない父親ですがね。」
するとおばあさん家鴨が、
「どれ私にその割れない卵を見せて御覧。きっとそりゃ七面鳥の卵だよ。私もいつか頼まれてそんなのをかえした事があるけど、出て来た子達はみんな、どんなに気を揉んで直そうとしても、どうしても水を恐がって仕方がなかった。私あ、うんとガアガア言ってやったけど、からっきし駄目! 何としても水に入れさせる事が出来ないのさ。まあもっとよく見せてさ、うん、うん、こりゃあ間違いなし、七面鳥の卵だよ。悪いことは言わないから、そこに放ったらかしときなさい。そいで早く他の子達に泳ぎでも教えた方がいいよ。」
「でもまあも少しの間ここで温めていようと思いますよ。」
と、母親は言いました。
「こんなにもう今まで長く温めたんですから、も少し我慢するのは何でもありません。」
「そんなら御勝手に。」
そう言い棄てて年寄の家鴨は行ってしまいました。
とうとう、そのうち大きい卵が割れてきました。そして、
「ピーピー。」
と鳴きながら、雛鳥が匐い出してきました。それはばかに大きくて、ぶきりょうでした。母鳥はじっとその子を見つめていましたが、突然、
「まあこの子の大きい事! そしてほかの子とちっとも似てないじゃないか! こりゃあ、ひょっとすると七面鳥かも知れないよ。でも、水に入れる段になりゃ、すぐ見分けがつくから構やしない。」
と、独言を言いました。
翌る日もいいお天気で、お日様が青い牛蒡の葉にきらきら射してきました。そこで母鳥は子供達をぞろぞろ水際に連れて来て、ポシャンと跳び込みました。そして、グワッ、グワッと鳴いてみせました。すると小さい者達も真似して次々に跳び込むのでした。みんないったん水の中に頭がかくれましたが、見る間にまた出て来ます。そしていかにも易々と脚の下に水を掻き分けて、見事に泳ぎ廻るのでした。そしてあのぶきりょうな子家鴨もみんなと一緒に水に入り、一緒に泳いでいました。
「ああ、やっぱり七面鳥じゃなかったんだ。」
と、母親は言いました。
「まあ何て上手に脚を使う事ったら! それにからだもちゃんと真っ直ぐに立ててるしさ。ありゃ間違いなしに私の子さ。よく見りゃ、あれだってまんざら、そう見っともなくないんだ。グワッ、グワッ、さあみんな私に従いてお出で。これから偉い方々のお仲間入りをさせなくちゃ。だからお百姓さんの裏庭の方々に紹介するからね。でもよく気をつけて私の傍を離れちゃいけないよ。踏まれるから。それに何より第一に猫を用心するんだよ。」
さて一同で裏庭に着いてみますと、そこでは今、大騒ぎの真っ最中です。二つの家族で、一つの鰻の頭を奪いあっているのです。そして結局、それは猫にさらわれてしまいました。
「みんな御覧、世間はみんなこんな風なんだよ。」
と、母親は言って聞かせました。自分でもその鰻の頭が欲しかったと見えて、嘴を磨りつけながら、そして、
「さあみんな、脚に気をつけて。それで、行儀正しくやるんだよ。ほら、あっちに見える年とった家鴨さんに上手にお辞儀おし。あの方は誰よりも生れがよくてスペイン種なのさ。だからいい暮しをしておいでなのだ。ほらね、あの方は脚に赤いきれを結えつけておいでだろう。ありゃあ家鴨にとっちゃあ大した名誉なんだよ。つまりあの方を見失わない様にしてみんなが気を配ってる証拠なの。さあさ、そんなに趾を内側に曲げないで。育ちのいい家鴨の子はそのお父さんやお母さんみたいに、ほら、こう足を広くはなしてひろげるもんなのだ。さ、頸を曲げて、グワッって言って御覧。」
家鴨の子達は言われた通りにしました。けれどもほかの家鴨達は、じろっとそっちを見て、こう言うのでした。
「ふん、また一孵り、他の組がやって来たよ、まるで私達じゃまだ足りないか何ぞの様にさ! それにまあ、あの中の一羽は何て妙ちきりんな顔をしてるんだろう。あんなのここに入れてやるもんか。」
そう言ったと思うと、突然一羽跳び出して来て、それの頸のところを噛んだのでした。
「何をなさるんです。」
と、母親はどなりました。
「これは何にも悪い事をした覚えなんか無いじゃありませんか。」
「そうさ。だけどあんまり図体が大き過ぎて、見っともない面してるからよ。」
と、意地悪の家鴨が言い返すのでした。
「だから追い出しちまわなきゃ。」
すると傍から、例の赤いきれを脚につけている年寄家鴨が、
「他の子供さんはずいみんみんなきりょう好しだねえ、あの一羽の他は、みんなね。お母さんがあれだけ、もう少しどうにか善くしたらよさそうなもんだのに。」
と、口を出しました。
「それはとても及びませぬ事で、奥方様。」
と、母親は答えました。
「あれは全くのところ、きりょう好しではございませぬ。しかし誠に善い性質をもっておりますし、泳ぎをさせますと、他の子達くらい、――いやそれよりずっと上手に致します。私の考えますところではあれも日が経ちますにつれて、美しくなりたぶんからだも小さくなる事でございましょう。あれは卵の中にあまり長く入っておりましたせいで、からだつきが普通に出来上らなかったのでございます。」
そう言って母親は子家鴨の頸を撫で、羽を滑かに平らにしてやりました。そして、
「何しろこりゃ男だもの、きりょうなんか大した事じゃないさ。今に強くなって、しっかり自分の身をまもる様になる。」
こんな風に呟いてもみるのでした。
「実際、他の子供衆は立派だよ。」
と、例の身分のいい家鴨はもう一度繰返して、
「まずまず、お前さん方もっとからだをらくになさい。そしてね、鰻の頭を見つけたら、私のところに持って来ておくれ。」
と、附け足したものです。
そこでみんなはくつろいで、気の向いた様にふるまいました。けれども、あの一番おしまいに殻から出た、そしてぶきりょうな顔付きの子家鴨は、他の家鴨やら、その他そこに飼われている鳥達みんなからまで、噛みつかれたり、突きのめされたり、いろいろからかわれたのでした。そしてこんな有様はそれから毎日続いたばかりでなく、日に増しそれがひどくなるのでした。兄弟までこの哀れな子家鴨に無慈悲に辛く当って、
「ほんとに見っともない奴、猫にでもとっ捕った方がいいや。」
などと、いつも悪体をつくのです。母親さえ、しまいには、ああこんな子なら生れない方がよっぽど幸だったと思う様になりました。仲間の家鴨からは突かれ、鶏っ子からは羽でぶたれ、裏庭の鳥達に食物を持って来る娘からは足で蹴られるのです。
堪りかねてその子家鴨は自分の棲家をとび出してしまいました。その途中、柵を越える時、垣の内にいた小鳥がびっくりして飛び立ったものですから、
「ああみんなは僕の顔があんまり変なもんだから、それで僕を怖がったんだな。」
と、思いました。それで彼は目を瞑って、なおも遠く飛んで行きますと、そのうち広い広い沢地の上に来ました。見るとたくさんの野鴨が住んでいます。子家鴨は疲れと悲しみになやまされながらここで一晩を明しました。
朝になって野鴨達は起きてみますと、見知らない者が来ているので目をみはりました。
「一体君はどういう種類の鴨なのかね。」