彼は卓子掛の上に指でなおも建築学の図の様な模様をつけながら、再び吐息をして、それから話しを続けた。
「たぶん私はそれについての事の始めからあなたにお話しする方がいいと思います、事実においてあなたは私に取っては意味のないその物語においてある些細な点がおわかりになるでしょう。それはもう幾年も前に始まった事でして、私がクレートやギリシャの島々の古跡にある調査をしておった時なのです。私はそれを人手を借りずにやりました。ある時はそこの住民の粗野なそして仮の補助で、してまたある時は文字通りたった一人で。私が地下道の迷路を発見したのはかような事情のもとにでした。その道は最後に立派な廃物や、こわれた飾物そしてバラバラになった宝石の積み重ねに通じたのです。それはある埋もれた祭壇の廃墟であろうと思いますが、そしてその中に私は奇妙な金の十字架を見つけたのです。私はそれをひっくり返してみました。そしてその裏に古のキリスト信者の標徴であった所の、魚の形を見つけました。が形や模様が普通に見出されるものとはかなり異っていました。そしてそれは私には、もっと現実的に――あたかも図案家が単にありきたりの囲あるいは後光でないように、しかしよく見ると真の魚であるように故意にしたものであるように見えました。それはむしろ粗野な野獣の一種のようにも見えました。
「なぜ私がこの発見を重大視するかを手短かに説明するために、私は陥没の要点をあなたにお話しせねばなりません。一方から言いますと、それは陥没から陥没の性質の何物かを持ってました。吾々は古跡の跡の上にばかりではなく古代の古跡の上に居りました。吾々は信ずべき理由を持っていました。そしてまた吾々のある者は人身半牛の迷路と同一視される所の有名な物の如くに、これ等の地下道は、人身牛首時代と現代の探検者との間ずっと失われずに残されたものであるという事を信ずる理由を持っていました。私がこれ等の地下の町や村と言いたい、これ等の地下の場所は、ある動機のもとに、ある人々に依ってもう既に看破されていたという事を信じました。その動機については考えの異った学派がありました。あるものは皇帝が単なる科学的好奇心から探検を命じた物だという事を論じ、また他の者は物凄いアジア的な迷信のあらゆる種類に対する後期ローマ帝国におけるすばらしい流行がある名もないマニス宗の宗徒を出発させたと主張し、またある者は太陽の正面からかくさねばならなかった乱痴気騒ぎは洞穴において騒ぎ廻ったという事を主張しています。私はこれ等の洞穴は墓穴と同じ様な事に使用されていたと信じた所の仲間に属してます。全帝国に火の様にひろがっていたある迫害時代の間、キリスト信者は石のこれ等大昔の異教徒の迷路にかくれていたという事を吾々は信じました。そこでその埋もれていた金の十字架を拾い上げその上の意匠を見た時は全くゾッとしました。それにもう一度外側にひきかえして陽の光りの中に低い道に沿うて限りなくひろがってる露骨な岩壁を見上げ、そして荒々しい下画の中に描き書かれた、まぎれもない、魚の形を見た時は異状な衝動を受けました。
「それについては幾分あたかも化石した魚かまたは氷にとざされた海の中に永久に附着したある敗残の生物であるかもしれないようにも見られました。私は石の上に描き書いた単なる絵と結びつけずには、この類似を分解する事が出来ませんでした。そして遂に私は心の奥底ではこう考えていたという事を理解しました。すなわち最初のキリスト信者は人間の足のはるか下に落ちて、薄明りと沈黙の陥没した世界に口をきかずに住み、そして暗くそして薄明な音響のない世界に動いて、ちょうど魚の様に見えたに違いないという事ですな。
「石の道路を歩く誰れでもは幻影の歩みがついて来るような気がするのを知ってます。前にあるいは後ろにバタバタという反響がついて来ます、それで、人はその孤独においてほんとに一人ポッチであるという事を信ずる事は不可能です。私はこの反響の影響にはなれておりました。それでちょっと前まではそれもあまり気にはしませんでしたが、私は岩壁の上をはっていた表徴的なある形を見つけました。私は立ち止まりました。と同時に私の心臓もハタと止まったように思われたのです。私自身の歩みは止みました。が反響は進んで行きました。
「私は前の方へかけ出しました。そしてまた幽霊のような足取もかけ出したように思われました。私は再び立ち止った、そして歩みもまた止みました。が私はそれはやや時が経って止んだという事を誓います。私は質問を発しました。そして私の叫びは答えこられました、けれどもむろん声は私のではありませんでした。
「私はちょうど私の前方の岩の角をまわって来ました。そしてその薄気味の悪い追跡の間中に私は休止したりまたは話したりするのはいつも屈曲した道のその様な角においてである事に気づきました。私の小さな電灯で現される事の出来る私の前方のわずかな空間は空虚な室のようにいつも空虚でした。こんな状態で私は誰であるかわからぬ者と話しを交えました。そこで話しは太陽の最初の白い光りに行きあたるまでずっと続きました。そこでさえ私は彼がどんな風に太陽の光線の中へ消えおったかを見る事が出来ませんでした。しかし迷路の口は多くの出入口や割目や裂目で一っぱいでした。それで彼にとっては洞穴の地下の世界に再び立ちかえって消え去る事は困難ではなかったでしょう。私は岩の清浄というよりはもっと幾分熱帯的に見える緑の植物が生えてる、大理石の台地のような大きな山のさびしい踏段に出て来た事だけがわかりました。私は汚れない青い海を眺めました。そして太陽は底知れぬさびしさと沈黙の上に輝いていました。そこには驚きのささやきを交わす草の葉もなくまた人の影もありませんでした。
「それはおそろしい対話でした、非常に親密なそしてまた非常に別個なまたある意味において大変に取りとめのないものでした。体のない、顔のない、名もないしかし私の名で私をよぶ、この物は、吾々がクラブにおいて二つの安楽椅子にかけていたよりももっと熱情も芝居気も持たず吾々が生き埋めされていたそれ等の割目の中で私に話をしました。しかし彼はまた魚の標のある十字架を所有したなら、高い地上の者でも必ず殺すであろうという事を話しました。彼は私が弾丸をこめた銃を持ってる事を知っているので、その迷路の中で私をあやめるほど愚者ではなかったと彼はあっさりと私に話しました。しかし彼は確実な成功を持って私の殺害を計画するであろうという事をおだやかに話しました、その方法はいかなる危険も防ぎ得る、支那の老練な職工や印度の刺しゅう家が生涯の美術的な仕事にする所の技巧的な完全さを持つ方法でやるというのです。けれども彼は東洋人ではありませんでした。彼はたしかに白人でした。私は彼は私の国の人間ではなかったかという事を疑います。
「それ以来私は時折暗示や符合やそして奇妙な非人間的なたよりを受取りました。そのたよりはその男は狂人であるか彼は一事遍狂者であるかという事を少なくとも私にたしかめさせました。この幻想的なはなれた方法で、彼はいつも私に、私の死と埋葬に対する準備は満足に進行しているという事、そしてまた私が手柄な成功を持って彼等の迫害をさける事の出来る唯一の方法は、私が洞穴で見つけた十字架を――私が手ばなす事であるという事を話していました。彼は物好きの蒐集家の持つ熱情以外には何んの熱情も持たぬようでした。その事が彼は西方の人間であって東洋人ではないとたしかに私に感じさせた事の一つでした。しかしこの特別な好奇心は全く彼を狂気にさせるようでした。
「それからまだ不たしかではあったのですが、サセックスの塋穴におけるミイラにされた死骸の上に見つけられた双の霊宝について、報知が来ました。もし彼が前に狂人であったのなら、この知らせは彼を悪魔につかれた人間に代えました。彼等の一つが地の人間のものであるという事は非常にいやな事でありました。彼の狂気のたよりは厚くそして毒矢の雨のように迅速に来始めました。そしてそのたびに私のけがれた塋穴の十字架に向ってさしのべた瞬間に私の死が私を襲うであろうという事を、前よりも更に断然と叫んで来ました。
「『汝は決して吾を知らないであろう』と彼は書いて来ました。『汝は決して吾が名をよばないであろう。汝は決して余の顔を見ないであろう、汝は死すであろうが決して誰が汝を殺せしかを知らないであろう。余は何等かの形にて汝のまわりにたぶん居るであろう。しかし余は汝が見るのを忘れている処のものにおいてただおるのである』と
「それ等の強迫状から私はこの旅行でも彼は私にかげのようについておるらしく思われます。そして霊宝を盗もうとしまたはそれを持ってるために私に何か災いをしようとしてます。しかし私は一度もその人間を見た事がありませんから、彼は私が出会う何人かであるかもしれませんよ。理論的に話して、彼は卓子において私に世話をする給仕人の誰かであるかもしれません。彼は卓子に私と一緒にかける船客の中の何誰かであるかもしれません」
「彼はわしかもしれんな」と機嫌のいいさげすみを持って、師父は言った。
「彼は他の何人かであるかもしれません」とスメールはまじめに答えた。「あなたは私が敵でないとたしかに感ずる唯一の方です」
師父ブラウンは再び当惑して彼を見た。それから微笑して言った、「さてさて、全く奇妙じゃ、わしではないかな。わしが考えねばならん事は彼がほんとにここに居るかどうかを見出す何等かの機会じゃな――彼が彼自身を不愉快にする前にな」
「それを見出す一つの機会があると、私は思います」と教授は陰欝に答えた。「吾々がサザンプトンに到着した時に私はすぐに海岸に沿うて車を走らせます。もしあなたが一緒に来て下さるなら大変に喜ばしい事ですな。もちろん、吾々の仲間は解散になるでしょう。もし彼等の誰かがサセックス海岸にあるあの小さい墓地に再び現われるなら、吾々は彼がほんとに何人であるかを知るでしょう」