お袖はかかる父母の間に人と成りたれば、今の時節に学校へも遣られず。年端もゆかぬその内より、下女代はりに追廻されて、天晴れ文盲には育て上げられたれど、苦労が教へし小賢しさに、なかなか大人も及ばぬふんべつ思慮する事もあり。
されば今宵もお袖の心には、父の言葉は無理ならず、母は道理に背けりと、思はぬにてはなけれども、万一母に怒られて、この家を去らるる事ならば、他事はとにかく、死期遠からぬ父の介抱、心に任せぬ事もあらむ。母の機嫌を直すにしかじと思ひて「おッ母さん私が悪かつたのだから、堪忍しておくれ、お父さんは病気のせいで、何でも腹を立つんだから、モウよい加減に打捨つておおきよ」とはこの少女が思ひ切つて云ひ出せし詞なり。
ああこの無邪気なる少女をして、かかる詞を発せしむるは、継母の罪か、境遇か、はたまたその責め父にあるか、思へば可憐なるこの少女の、行末何となる事ぞ。父はこの世に在りても亡き身、母は何時お袖を捨つるやも知れず。世には流行の三枚重ねの小袖元日の間に合はざりしとて、むづかりたまふ嬢様もあるものを。(『女学雑誌』一八九四年一日六日)