(一九一一年一月一六日チューリッヒの自然科学会席上の講義)
「相対性理論」と名づけられる理論が倚りかかっている大黒柱はいわゆる相対性原理です。私はまず相対性原理とは何であるかを明らかにしておこうと思います。私たちは二人の物理学者を考えてみましょう。この二人の物理学者はどんな物理器械をも用意しています。そして各々一つの実験室をもっています。一人の物理学者の実験室はどこか普通の場所にあるとし、もう一人の実験室は一定の方向に一様な速さで動く汽車の箱のなかにあるとします。相対性原理は次のことを主張するのです。もしこの二人の物理学者が彼等のすべての器械を用いて、一人は静止せる実験室のなかで、もう一人は汽車のなかで、すべての自然法則を研究するならば、汽車が動揺せずに一様に走る限り、彼等は全く同じ自然法則を見出すでありましょう。幾らか抽象的にこう云うことも出来ます。自然法則は相対性原理によれば基準体系の併移運動に関しません。
私達は今この相対性原理が旧来の力学でどんな役目をもっていたかをみましょう。旧来の力学は第一にガリレイの原理の上に安坐しています。この原理に従えば、ある物体は他の物体の作用を受けない限り、直線的な一様な運動にあります。もしこの法則が上に云うた実験室の一方に対して成り立つならば、それはまた第二に対しても成り立ちます。私達はそのことを直接に直観から取り出すことが出来ます。私達はそれをしかしまたニウトン力学の方程式からも引き出すことが出来るのです。私達はその方程式をもとの基準体系に対して一様に動いているものへ転換させればよいのです。
私はここで実験室と云っていますが、数理的物理学では事柄を一定の実験室に関係させる代りに坐標系に関係させるのが普通です。このようにある何かに関係させるという場合に本質的なのは次の事柄です。私達が一点の位置について何か云おうとするときには、いつも私達はこの点とある他の物体系の一点との合致を示し与えます。もし私が例えば自分をこの質点であると取り、そうして、私はこの部屋のなかのこの場所に居ると云いますなら、私は自分を空間的の関係でこの部屋のある点と合致させたのです。あるいは私はこの合致を云いあらわしたのです。数理的物理学ではこれを云い表わすのに、三つの数、すなわちいわゆる坐標によりて、場所を示そうとした点が坐標系と称えられる剛体体系のどの点と合致するかを云い表わします。
これは相対性原理について最も一般的のものであったのでしょう。もし私達が、十八世紀もしくは十九世紀前半の物理学者に、この原理を疑うかどうかを尋ねたとしましたなら、彼はきっとこの質問を断然否定したに違いありません。その当時は各の自然現象をすべて旧来の力学の方則に帰せしめられることが確かであるとしていましたから、それを疑う理由をちっとも持っていなかったのです。私はここで、物理学者が経験によってどうしてこの原理に矛盾する物理学的論理を立てるようになったかを説明しようと思います。そのために私達は光学及び電気力学の発展を、それらが前世紀において、漸次是認せられた限りにおいて、相対性原理の立場から簡単に考察してみなければなりません。
光はちょうど音波のように干渉や𢌞折を示します。ですから私達は光を一の波動としてもしくは一般にある媒質の週期的に変化する状態として見做さなくてはならないように感じさせられます。この媒質をエーテルと名づけました。かような媒質の存在は近頃までは物理学者に絶対に確かであるように見えました。次に述べる理論はエーテル仮説とは相容れないものですが、しかししばらく私達はこれに依ることにしましょう。私達は今この媒質に関してどんな考え方が発展されて来たか、またこのエーテルを仮定する物理学的理論を導き入れたためにどんな問題が起ったかをみようと思います。私達は既に、光がこの媒質の振動から成ると考えたこと、すなわちこの媒質は光及び熱の振動の伝播を引き受けていると考えた事を述べました。静止物体の光学的現象だけを取り扱っている間は、光がこの媒質の運動を起すと云う外に、それの別の運動を問題にするには及ばなかったのでした。単にこの媒質はそこで見ている物体と同様に――光が起すはずであった振動を取り除けば――静止の状態にあると仮定されました。
運動物体の光学的現象、並に――それと関聯して――運動物体の電磁気的性質を考察するようになったときに、私達はその観察する物理学的体系のなかで、物体に種々の速度を与えたならばエーテルはどうなるかと云う問題に向わなければなりませんでした。エーテルは物体と一緒に動くのでしょうか。すなわち各の場所でエーテルはそこにある物質と同じ様に動くでしょうか。またはそうではないのでしょうか。最も簡単な仮定はエーテルがどこでも物質と全く同じ様に動くと云うことです。第二の可能な仮定は、これもやはりかなりな簡単さを示すものですが、こうです。すなわちエーテルは物体の運動に全然与からないと云うのです。それからまた中間の場合も可能でありましょう。この中間の場合と云うのは、エーテルがある度まで物質と無関係に空間内に動くのです。私達は今、この問題の解答を得るためにどう云うことが試みられたかをみようと思います。最初に得られた重要な説明は仏国の物理学者フィゾーの行った大切の意味のある実験から来ています。この実験は次の問題から起されました。
第一図
図に示した管はその前後を硝子板で閉じてあり、両端の接続管から管を通じて軸の方向に液体を流すことが出来るようにしてあります。管を流れる液体の速度はやはり軸の方向に管を通る光線の伝播速度に、どう影響するでしょうか。エーテルが管を流れる物質と一緒に動くことが本当であるなら、次のように考えられます。静止した水のなかで光の進む速さが V であるとします。つまり V は水に対する光の速度であるとし、また v が管に対する水の速度であるとしますと、私達はこう云わなくてはなりますまい。水に対する光の速度は、もしエーテルが水に固着しているなら水が動いていてもまたは動かずにいても、それには関せずにいつも同じであります。それですから管に対する光の伝播速度は液体が動いている場合には、これが静止している場合よりも、v だけ大きいと予期されます。フィゾーの実験では、二つの干渉し得る光線束が上述のように管を通りました。液体の運動速度が干渉の縞の処置に及ぼす影響からして、水の運動速度 v が静止管に対する光の伝播速度にどれほどな影響を及ぼしたかを計算することが出来ました。フィゾーは、管に対する光速が液体の運動のために v だけ増されずに、かえってただその分数(n を液体の屈折率としますと)だけしか増さないことを見出しました。この屈折率がほとんど 1 に等しく、すなわち光が液体のなかでほとんど真空におけると同じ速さで進むとしますと、液体の運動はほとんど影響をもちません。この事から、光が水に対していつも同じ速度で進むと云う考え方は、経験と一致しないと結論しなければなりませんでした。
次に簡単な仮説は、エーテルが物質の運動に少しも与からないと云うことでした。この仮説に基づいては、光学的現象が物質の運動によってどう影響されるかを、そう簡単に導き出すわけにはゆきません。しかしローレンツは一八九〇年代の中頃に、全く動かないエーテルの仮定に基づく一つの理論を立てることに成功しました。彼の理論は運動体の光学及び電気学のほとんどすべての知られた現象を、その中にまた今述べたフィゾーの実験をも含めて、全く正しく与えます。私がすぐここで注意したいのは、ローレンツのと根本的に異った理論で、しかも簡単な判り易い仮定に基づき、そして同じことを為し遂げるようなものは、決して立てられなかったと云うことです。それですから、この範囲では静止エーテルの理論を、経験の全部と一致する唯一のものとして承け容れなければならなかったのでした。
私達はこの静止エーテルの理論を相対性原理の立場から観察しましょう。外力を受けない質点がある体系に関して一様に動いているならば、そう云うすべての体系を私達は非加速的のものとして云い表わします。そうしますと、相対性原理はこう主張するのです。自然法則はすべての非加速的体系に関しては同一であると、静止エーテルに関するローレンツの根本仮説は他方に、あらゆる可能な非加速的運動体系のうちで、一定の運動状態のもの、すなわちこの光の媒質に対して静止せる体系を特別に徴しづけます。それですから、たとえこの考えに従っても、哲学上の意味でのある絶対運動が存在するとは云うことは出来ませんけれども、――なぜならそれは全然見限られたことで、私達はただ物体の相対的な位置変化を考えることが出来るだけですけれども、――しかし私達が今一つの運動状態、すなわちエーテルに対する静止を特別に扱ったと云うことで、物理学的の意味で一つの絶対運動が形づくられます。私達はエーテルに関して静止する各の物体をどうにか絶対静止のものと云うことが出来ます。エーテルに対して静止せる基準系はあらゆるその他の加速しない基準系に対して特別のものとせられます。この意味でローレンツの静止エーテルの根本観念は相対性原理に適いません。静止エーテルの根本観念は次の一般的考察に導きます。一つの基準系 K がエーテルに対して静止しており、もう一つの他の基準系 K' はエーテルに対して一様に動いているとします。エーテルに関する K' の相対運動は K' に対して成り立つところの自然法則にある影響を及ぼすと云うことが期待せられるわけです。つまり K' に関する自然法則は K' のエーテル内における運動のために K に関する法則とは異っている事が期待せられるのでした。その上にまた地球は私達の実験室と共に一年全体の間この光の媒質に対して静止していることは出来ないので、それはすなわち K' なる基準系の役目をするはずであると云わなければなりませんでした。従ってこの運動の影響が私達の実験室における実験にあらわれるような何等かの現象が見出されることを仮定しなければならないのでした。私達の物理的空間は、これを地球上に在るとする限り、この相対運動のために方向によって異った性質をもつと信ずべきはずでした。けれども何等この様な事を実証することはどんな場合にも決して成功しませんでした。