そう考えて、弟の葉書を出した日附を見ますと、そこに何か意味があり相に思われます。若しや彼は暗号の恋文を書いたのではないでしょうか。そして、この葉書の日附がその暗号文を形造っているのではありますまいか。これは、弟の秘密を好む性質だったことから推して、満更あり得ないことではないのです。
そこで、私は日附の数字が「いろは」か「アイウエオ」か「ABC」か、いずれかの文字の順序を示すものではないかと一々試みて見ました。幸か不幸か私は暗号解読についていくらか経験があったのです。
すると、どうでしょう。三月の九日はアルファベットの第九番目のI、同じく十二日は第十二番目の、L、そういう風にあてはめて行きますと、この八つの日附は、なんと、I LOVE YOU と解くことが出来るではありませんか。ああ、何という子供らしい、同時に、世にも辛抱強い恋文だったのでしょう。彼はこの「私はあなたを愛する」というたった一言を伝える為に、たっぷり三ヶ月の日子を費したのです。ほんとうにうその様な話しです。でも、弟の異様な性癖を熟知していた私には、これが偶然の符合だなどとは、どうにも考えられないのでした。
か様に推察すれば一切が明白になります。「失望」という意味も分ります。彼が最後のUの字に当る葉書を出したのに対して、雪枝さんは相変らず無意味な絵葉書をむくいたのです。しかも、それはちょうど、弟が医者からあのいまわしい病を宣告せられた時分なのでした。可哀相な彼は、この二重の痛手に最早再び恋文を書く気になれなかったのでしょう。そして、だれにも打開けなかった、当の恋人にさえ、打開けはしたけれど、その意志の通じなかった切ない思いを抱いて、死んで行ったのです。
私はいい知れぬ暗い気持に襲われて、じっとそこに坐ったまま立上ろうともしませんでした。そして、前にあった雪枝さんからの絵葉書を、弟が手文庫の底深くひめていたそれらの絵葉書を、何の故ともなくボンヤリ見つめていました。
すると、おお、これはまあ何という意外な事実でしょう。ろくでもない好奇心よ、のろわれてあれ。私はいっそ凡てを知らないでいた方が、どれ程よかったことか、この雪枝さんからの絵葉書の表には、綺麗な文字で弟の宛名が書かれたわきに、一つの例外もなく、切手がななめにはってあるではありませんか。態とでなければ出来ない様に、キチンと行儀よく、ななめにはってあるではありませんか。それは決して偶然の粗相なぞではないのです。
私はずっと以前、多分小学時代だったと思います。ある文学雑誌に切手のはり方によって秘密通信をする方法が書いてあったのを、もうその頃から好奇心の強い男だったと見えて、よく覚ていました。中にも、恋を現わすには切手をななめにはればよいという所は、実は一度応用して見た事がある程で、決して忘れません。この方法は当時の青年男女の人気に投じて、随分流行したものです。しかしそんな古い時代の流行を、今の若い女が知っていようはずはありませんが、ちょうど雪枝さんと弟との文通が行われた時分に、宇野浩二の「二人の青木愛三郎」という小説が出て、その中にこの方法がくわしく書いてあったのです。当時私達の間に話題になった程ですから、弟も雪枝さんも、それをよく知っていたはずです。
では、弟はその方法を知っていながら、雪枝さんが三月も同じことを繰返して、遂には失望してしまうまでも、彼女の心持を悟ることが出来なかったのはどういう訳なのでしょう。その点は私にもわかりません。あるいは忘れてしまっていたのかも知れません。それともまた、切手のはり方などには気づかない程、のぼせ切ていたのかも知れません。いずれにしても、「失望」などと書いているからは、彼がそれに気づいていなかったことは確です。
それにしても、今の世にかくも古風な恋があるものでしょうか。若し私の推察が誤らぬとすれば、彼等はお互に恋しあっていながら、その恋を訴えあってさえいながら、しかし双方とも少しも相手の心を知らずに、一人は痛手を負うたままこの世を去り、一人は悲しい失恋の思いを抱いて長い生がいを暮さねばならぬとは。
それは余りにも臆病過ぎた恋でした。雪枝さんはうら若い女のことですからまだ無理のない点もありますけれど、弟の手段に至っては、臆病というよりはむしろ卑怯に近いものでした。さればといって、私はなき弟のやり方を少しだって責める気はありません。それどころか、私は、彼のこの一種異様な性癖を世にもいとしく思うのです。
生れつき非常なはにかみ屋で、臆病者で、それでいてかなり自尊心の強かった彼は、恋する場合にも、先ず拒絶された時の恥かしさを想像したに相違ありません。それは、弟の様な気質の男にとっては、常人には到底考えも及ばぬ程ひどい苦痛なのです。彼の兄である私には、それがよく分ります。
彼はこの拒絶の恥を予防する為にどれ程苦心したことでしょう。恋を打開けないではいられない。しかし、若し打開けてこばまれたら、その恥かしさ、気まずさ、それは相手がこの世に生きながらえている間、いつまでもいつまでも続くのです。何とかして、若し拒まれた場合には、あれは恋文ではなかったのだといい抜ける様な方法がないものだろうか。彼はそう考えたに相違ありません。
その昔、大宮人は、どちらにでも意味のとれる様な「恋歌」という巧な方法によって、あからさまな拒絶の苦痛をやわらげようとしました。彼の場合はちょうどそれなのです。ただ、彼のは日頃愛読する探偵小説から思いついた暗号通信によって、その目的を果そうとしたのですが、それが、不幸にも、彼の余り深い用心の為に、あの様な難解なものになってしまったのです。
それにしても、彼は自分自身の暗号を考え出した綿密さにも似あわないで、相手の暗号を解くのに、どうしてこうも鈍感だったのでしょう。自ぼれ過ぎた為めに飛んだ失敗を演じる例は、世に間々あることですけれど、これはまた自ぼれのなさ過ぎた為の悲劇です。何という本意ないことでしょう。
ああ、私は弟の日記帳をひもといたばかりに、とり返しのつかぬ事実に触れてしまったのです。私はその時の心持を、どんな言葉で形容しましょう。それが、ただ若い二人の気の毒な失敗をいたむばかりであったなら、まだしもよかったのです。しかし、私にはもう一つの、もっと利己的な感情がありました。そして、その感情が私の心を狂うばかりにかき乱したのです。
私は熱した頭を冬の夜の凍った風にあてる為に、そこにあった庭下駄をつっかけて、フラフラと庭へ下りました。そして乱れた心そのままに、木立の間を、グルグルと果てしもなく廻り歩くのでした。
弟の死ぬ二ヶ月ばかり前に取きめられた、私と雪枝さんとの、とり返しのつかぬ婚約のことを考えながら。