三
あの容貌の醜い若者は、両腕を胸に組んだまま、しばらくは力自慢の五六人が勝負を争うのを眺めていた。が、やがて技癢に堪え兼ねたのか、自分も水だらけな袖をまくると、幅の広い肩を聳かせて、まるで洞穴を出る熊のように、のそのそとその連中の中へはいって行った。そうしてまだ誰も持ち上げない巌石の一つを抱くが早いか、何の苦もなくその岩を肩の上までさし上げて見せた。
しかし大勢の若者たちは、依然として彼には冷淡であった。ただ、その中でもさっきから賞讃の声を浴びていた、背の低い猪首の若者だけは、容易ならない競争者が現れた事を知ったと見えて、さすがに妬ましそうな流し眼をじろじろ彼の方へ注いでいた。その内に彼は担いだ岩を肩の上で一揺り揺ってから、人のいない向うの砂の上へ勢いよくどうと投げ落した。するとあの猪首の若者はちょうど餌に饑えた虎のように、猛然と身を躍らせながら、その巌石へ飛びかかったと思うと、咄嗟の間に抱え上げて、彼にも劣らず楽々と肩よりも高くかざして見せた。
それはこの二人の腕力が、ほかの力自慢の連中よりも数段上にあると云う事を雄弁に語っている証拠であった。そこで今まで臆面も無く力競べをしていた若者たちはいずれも興のさめた顔を見合せながら、周囲に佇んでいる見物仲間へ嫌でも加わらずにはいられなかった。その代りまた後に残った二人は、本来さほど敵意のある間柄でもなかったが、騎虎の勢いで已むを得ず、どちらか一方が降参するまで雌雄を争わずにはいられなくなった。この形勢を見た多勢の若者たちは、あの猪首の若者がさし上げた岩を投げると同時に、これまでよりは一層熱心にどっとどよみを作りながら、今度はずぶ濡れになった彼の方へいつになく一斉に眼を注いだ。が、彼等がただ勝負にのみ興味を持っていると云う事は、――彼自身に対してはやはり好意を持っていないと云う事は、彼等の意地悪るそうな眼の中にも、明かによめる事実であった。
それでも彼は相不変悠々と手に唾など吐きながら、さっきのよりさらに一嵩大きい巌石の側へ歩み寄った。それから両手に岩を抑えて、しばらく呼吸を計っていたが、たちまちうんと力を入れると、一気に腹まで抱え上げた。最後にその手をさし換えてから、見る見る内にまた肩まで物も見事に担いで見せた。が、今度は投げ出さずに、眼で猪首の若者を招くと、人の好さそうな微笑を浮べながら、
「さあ、受取るのだ。」と声をかけた。
猪首の若者は数歩を隔てて、時々髭を噛みながら、嘲るように彼を眺めていたが、
「よし。」と一言答えると、つかつかと彼の側へ進み寄って、すぐにその巌石を小山のような肩へ抱き取った。そうして二三歩歩いてから、一度眼の上までさし上げて置いて、力の限り向うへ抛り投げた。岩は凄じい地響きをさせながら、見物の若者たちの近くへ落ちて、銀粉のような砂煙を揚げた。
大勢の若者たちはまた以前のようにどよめき立った。が、その声がまだ消えない内に、もうあの猪首の若者は、さらに勝敗を争うべく、前にも増して大きい岩を水際の砂から抱き起していた。