三
日本人の物の考へ方が、永久性を持つ様になつたのは、勿論、文章が出来てからであるが、今日の処で、最古い文章だ、と思はれるのは、祝詞の型をつくつた、呪詞であつて、其が、日本人の思考の法則を、種々に展開させて来てゐるのである。私は此意味で、凡日本民族の古代生活を知らうと思ふ者は、文芸家でも、宗教家でも、又倫理学者・歴史家でも皆、呪詞の研究から出発せねばならぬ、と思ふ。
処が、其呪詞の後なる祝詞なるものさへ、前にも云つた如く、今日の頭脳では、甚難解なことが多い。鈴木重胤などは、ある点では、国学者中最大の人の感さへある人で、尊敬せずには居られぬ立派な学者であるが、それでも、惜しい事には、前人の意見を覆しきれないで、僅かに部分的の改造に止めた様であつた。そこで、訣らぬ事が沢山に出て来る。
まづ祝詞の中で、根本的に日本人の思想を左右してゐる事実は、みこともちの思想である。みこともちとは、お言葉を伝達するものゝ意味であるが、其お言葉とは、畢竟、初めて其宣を発した神のお言葉、即「神言」で、神言の伝達者、即みこともちなのである。祝詞を唱へる人自身の言葉其ものが、決してみことではないのである。みこともちは、後世に「宰」などの字を以て表されてゐるが、太夫をみこともちと訓む例もある。何れにしても、みことを持ち伝へる役の謂であるが、太夫の方は稍低級なみこともちである。此に対して、最高位のみこともちは、天皇陛下であらせられる。即、天皇陛下は、天神のみこともちでお出であそばすのである。だから、天皇陛下のお言葉をも、みことと称したのであるが、後世それが分裂して、天皇陛下の御代りとしてのみこともちが出来た。それが中臣氏である。
古語拾遺は、其成立の本旨から見ても知れる如く、斎部広成が、やつきとなつて、中臣・斎部の同格説を唱へてゐるが、私は元来、あの古語拾遺に余り重きを置いてゐない。古い事を研究するのには、あまり大切なものとは思へぬ。尠くとも、私の研究態度には、足手纏ひにこそなれ、あまり役立つて来てゐない事を告白する。私は、あの中には、確に、後世的の合理説が這入つてゐる、と思ふ部分が多いのであるが、そんな事は第二として、抑、中臣氏と斎部氏との社会的位置が同じであつた、といふ事からして、誤りである。斎部氏は最初から、決してみこともちではなかつたのである。謂はゞ、山祇のみこともちといふ事になりさうに思ふ。ことほぎの基礎になるいはひごとを、伝誦する部曲及び伴造であつたので、天子の代宣者とは言へないのである。古典研究者の資料鑑別眼が、幾ら進んでも、心理的観入の欠けた研究態度を以て、科学とする間は駄目だ、と思ふ。さういふ訣で、天子のみこともちは、中臣氏である。だが、此は、根本に於ての話である。
広い意味に於ては、外部に対して、みことを発表伝達する人は、皆みこともちである。諸国へ分遣されて、地方行政を預る帥・国司もみこともちなれば、其下役の人たちも亦、みこともちとして、優遇せられた。又、男のみこともちに対して、別に、女のみこともちもある。かういふ風に、最高至上のみこともちは、天皇陛下御自身であらせられるが、其が段々分裂すると、幾多の小さいみこともちが、順々下りに出来て来るのである。
此みこともちに通有の、注意すべき特質は、如何なる小さなみこともちでも、最初に其みことを発したものと、尠くとも、同一の資格を有すると言ふ事である。其は、唱へ言自体の持つ威力であつて、唱へ言を宣り伝へてゐる瞬間だけは、其唱へ言を初めて言ひ出した神と、全く同じ神になつて了ふのである。だから、神言を伝へさせ給ふ天皇陛下が、神であらせられるのは勿論のこと、更に、其勅を奉じて伝達する中臣、その他の上達部――上達部は元来、神庤部であつて、神庤に詰めてゐる団体人の意である――は、何れも皆、みこともちたる事によつて、天皇陛下どころか直ちに、神の威力を享けるのである。つまり、段々上りに、上級のものと同格になるのである。
此関係は、ずつと後世にまで、伝はり残つてゐる。譬へば、寺々に附属してゐる唱門師がさうである。あれは元来、声聞身と呼ぶ、低い寺奴の階級であるが、諸方を唱へ言して歩いた。後には、陰陽道に入つて、陰陽師となつたものも多い。処が、此等の唱門師は、面白い事に、大抵藤原氏を名告つてゐる。此は、唱へ言を唱へることによつて、藤原氏と同格になる事を意味するのである。――此は、中臣になれない事情があるからの事で、又禁ぜられてもゐたのらしい――我々は時々、交通の不便な山間の僻村に、源氏又は平家・藤原の落人の子孫と称する人々の、部落を作つてゐることを見聞きするが、中には、一村皆藤原氏からなつてゐる、所謂落人村がある。ちよつと聞いたのでは、理由が判らぬが、実は皆、唱門師の住みついた空閑の新地である。祓へ言を唱へたからの名である。又蛇を退散させる呪文などに、「藤原々々ふぢはらや」などいふ句のあるのも、やはり、此唱門師の、藤原から来てゐるのである。
さういふ風に、本来のみことを発した人と、此を唱へる者とが、一時的に同資格に置かれるといふ思想は、後になると、いつまでも、其資格が永続するといふ処まで発展して来た。天皇陛下が同時に、天つ神である、といふ観念は、其処から出発してゐるのであつて、其が惟神の根本の意味である。惟神とは「神それ自身」の意であつて、天皇陛下が唱へ言を遊ばされる為に、神格即惟神の現つ御神の御資格を得させられるのである。此惟神の観念は、中臣その他のみこともちの上にも移して、考へる事が出来るのであつて、随つて、専朝廷の神事を掌つた中臣が、優勢を占めるに至つたのは、固より当然の事である。