私はなんだか試験をされているような気がした。主人は団扇と楊枝とを使いながら往来をながめていた。子供は退屈そうに時々私の顔を見上げていた。
とうとう柄の長いほうが自分の今の運動の目的には適しているというある力学的な理由を見つけた、と思ったのでそのほうを取る事にした。
鋏を柄に固定する目くぎをまださしてないから少し待ってくれというので、それができるまでそこらを散歩する事にした。しばらく歩いて帰って来て見ると目くぎはもうさされていて、支点の軸に油をさしているところであった。店先へ中年の夫婦らしい男女の客が来て、出刃庖丁をあれかこれかと物色していた。……私がどういうわけで芝刈り鋏を買っているかがこの夫婦にわからないと同様に、この夫婦がどういう径路からどういう目的で出刃庖丁を買っているのか私には少しもわからなかった。その庖丁の未来の運命も無論だれにもわかろうはずはなかった。それでも髪を櫛巻に結った顔色の妙に黄色いその女と、目つきの険しい男とをこの出刃庖丁と並べて見た時はなんだか不安なような感じがした。これに反して私の鋏がなんだか平和な穏やかなもののように思われた。
長い鋏をぶら下げて再び暗い屋敷町へはいった。今まで黙っていた子供は急に饒舌になった。いつ芝を刈り始めるのか、刈る時には手伝わしてくれとか、今夜はもう刈らないかとか、そんな事をのべつにしゃべっていた。父が自分で芝を刈るという事がよほど珍しいおもしろい事ででもあるように。
しかし私自身にとっても、それはやはり珍しく新しい事には相違なかった。
宅へ帰ると家内じゅうのものがいずれも多少の好奇心と、漠然としたあすの期待をいだきながらかわるがわるこの新しい道具を点検した。
翌日は晴天で朝から強い日が照りつけた。あまり暑くならないうちにと思って鋏を持って庭へ出た。
どこから刈り始めるかという問題がすぐに起こって来た。それはなんでもない事であったがまた非常にむつかしい問題でもあった。いろいろの違った立場から見た答解はいろいろに違っていた。できるだけ短時間に、できるだけ少しの力学的仕事を費やして、与えられた面積を刈り終わるという数学的の問題もあった。刈りかけた中途で客間から見た時になるべく見にくくないようにという審美的の要求もあった。いちばん延び過ぎた所から始めるという植物の発育を本位に置いた考案もあった。こんな事にまで現代ふうの見方を持って来るとすれば、ともかくも科学的に能率をよくするために前にあげた第一の要求を満たす方法を選んだほうがよさそうに思われた。能率を論ずる場合には人間を器械と同様に見るのであるが、今の場合にはそれでは少し困るのであった。もともと自分の健康という事が主になっている以上、私はこの際最も利己的な動機に従って行くほかはないと思ったので、結局日陰の涼しい所から刈り始めるというきわめて平凡なやり方に帰ってしまった。
するとまたすぐに第二の問題に逢着した。芝生とそれより二寸ぐらい低い地面との境界線の所は芝のはえ方も乱雑になっているし、葉の間に土くれなどが交じっているために刈りにくくめんどうである。その上に刈り取った葉がかぶさったりするとなおさら厄介であった。それでまずこの境界線のはえぎわを整理した後に平たい面積に掛かるほうが利口らしく思われた。しかしこのはえぎわの整理はきわめてめんどうで不愉快であって、見たところの効果の少ない割りの悪い仕事であった。
おしまいにはそんな事を考えている自分がばからしくなって来たので、いいかげんに、無責任に、だらしなく刈り始めた。
青白い刃が垂直に平行して密生した芝の針葉の影に動くたびにザックザックと気持ちのいい音と手ごたえがした。葉は根もとを切られてもやはり隣どうしもたれ合って密生したままに直立している。その底をくぐって進んで行く鋏の律動につれてムクムクと動いていた。鋏をあげて翻すと切られた葉のかたまりはバラバラに砕けて横に飛び散った。刈ったあとには茶褐色にやけた朽ち葉と根との網の上に、まっ白にもえた茎が、針を植えたように現われた。そして強い土の香がぷんと鼻にしみるように立ちのぼった。
無数の葉の一つ一つがきわめて迅速に相次いで切断されるために生ずる特殊な音はいろいろの事を思い出させた。理髪師の鋏が濃密な髪の一束一束を切って行く音にいつも一種の快感を味わっていた私は、今自分で理髪師の立場からまた少しちがった感覚を味わっているような気がした。それから子供の時分に見世物で見た象が、藁の一束を鼻で巻いて自分の前足のひざへたたきつけた後に、手ぎわよく束の端を口に入れて藁のはかまをかみ切った、あの痛快な音を思い出したりした。しかしなぜこの種類の音が愉快であるかという理由はどう考えてもわからなかった。音の性質から考えればこれは雑音の不規則な集合で、音楽的の価値などは無論無いものである。しかしあるいはこれは聴感に対する音楽に対立させうべき触感あるいは筋肉感に関する楽音のようなものではあるまいか。音自身よりはむしろ音から連想する触感に一種の快を経験するのではあるまいか。それともまたもっと純粋に心理的な理由によるものだろうか。あるいはひょっとしたらわれわれの祖先の類人猿時代のある感覚の記憶でないとも言われないと思ったりした。
鋏の進んで行く先から無数の小さなばったやこおろぎが飛び出した。平和――であるかどうか、それはわからぬが、ともかくも人間の目から見ては単調らしい虫の世界へ、思いがけもない恐ろしい暴力の悪魔が侵入して、非常な目にも止まらぬ速度で、空をおおう森をなぎ立てるのである。はげしい恐慌に襲われた彼らは自分の身長の何倍、あるいは何十倍の高さを飛び上がってすぐ前面の茂みに隠れる。そうして再び鋏がそこに迫って来るまではそこで落ち付いているらしい。彼らの恐慌は単に反射的の動作に過ぎないか、あるいは非常に短い記憶しか持っていないのだろうか。……魚の視感を研究した人の話によると海中で威嚇された魚はわずかに数尺逃げのびると、もうすっかり安心して悠々と泳いでいるという事である。……今度の大戦で荒らされた地方の森に巣をくっていた鴉は、砲撃がやんで数日たたないうちにもう帰って来て、枝も何も弾丸の雨に吹き飛ばされて坊主になった木の空洞で、平然と子を育てていたと伝えられている。もっともそう言えば戦乱地の住民自身も同様であったかもしれない。またある島の火山の爆裂火口の中へ村落を作っていたのがある日突然の爆発に空中へ吹き飛ばされ猫の子一つ残らなかった事があった。そうして数年の後にはその同じ火口の中へいつのまにかまた人間の集落が形造られていた。こんな事を考えてみると虫の短い記憶――虫にとっては長いかもしれない記憶を笑う事はできなかった。
無数に群がっている虫の中には私の鋏のために負傷したり死んだりするのもずいぶんありそうに思われて、多少むごたらしい気がしないでもなかった。しかしどうする事もできないのでかまわず刈って行った。これらの虫は害虫だか益虫だか私にはわからなかった。
子供の時分に私の隣家に信心深い老人がいた。彼は手足に蚊がとまって吸おうとするのを見つけると、静かにそれを追いのけるという事が金棒引きの口から伝えられていた。そしてそれが一つの笑い話の種になっていた。私も人並みに笑ってはいたが、その老人の不思議な行為から一つのなぞのようなものを授けられた。そうして今日になってもそのなぞは解く事ができないでそのままになっている。のみならずこのなぞは長い間にいろいろの枝葉を生じてますます大きくなるばかりである。
たとえば人間が始まって以来今日までかつて断えた事のないあらゆる闘争の歴史に関するいろいろの学者の解説は、一つも私のふに落ちないように思われた。……私には牛肉を食っていながら生体解剖に反対している人たちの心持ちがわからなかった。……人間の平等を論じる人たちがその平等を猿や蝙蝠以下におしひろめない理由がはっきりわからなかった。……普通選挙を主張している友人に、なぜ家畜にも同じ権利を認めないかと聞いて怒りを買った事もあった。
今鋏のさきから飛び出す昆虫の群れをながめていた瞬間に、突然ある一つの考えが脳裏にひらめいた。それは別段に珍しい考えでもなかったが、その時にはそれが唯一の真理であるように思われた。――もう昆虫の生命などは方則の前の「物質」に過ぎなくなった。私と私の鋏はその方則であり征服者であり同時に神様であった。私はわれわれ人間の頭上に恐ろしい大きな鋏を振り回している神様の残忍に痛快な心持ちを想像しながら勢いよく鋏の取っ手を動かして行った。
病気にさわる事を恐れて初めの日は三尺平方ぐらいにしてやめた。昼過ぎに行って見ると、刈られた葉はすっかりかわき上がって、青白い干し草になって散らばっていた。日向にさらされたままの鋏の刃はさわって見ると暑いほどにほてっていた。
学校から帰って来た子供らは、少なからざる好奇心をもって刈られた部分を点検したあとで、我れ勝ちに争って鋏を手にした。しばらくして見に行って見ると、芝生の上にはねずみがかじったように、三角形や、片かなや、ローマ字などが表われていた。九歳になる女の子は裁縫用の鋏で丁寧に一尺四方ぐらいの部分を刈りひらいて、人差し指の根もとに大きなかわいい肉刺をこしらえていた。
いろいろの時刻にいろいろの人が思い思いの場所を刈っていた。人々の個性はこんな些細な事にも強く刻みつけられていた。大まかに不ぞろいに刈り散らして虎斑をこしらえる者もあれば、一方から丁寧に秩序正しく、蚕が桑の葉を食って行くように着々進行して行くものもあった。ある者は根もとまでつめて刈り込まないと承知しないし、またある者はある長さの緑を残すように骨を折っているらしく見えた。