性格はそれみずからに人々への関係を含んでいる。それは人々と事物とを媒介することが出来る。事物は之によって人々にとって通達し得るものとなる、性格は通路を有つ。もし本質であるならば人々がそれへ通達するためには何か本質以外のものに頼らなければならないであろう、例えば現象がそれであるであろう。性格は之に反してみずから通路を用意している。人々は性格を性格に於て知ることが出来る。事実、事物の性格は之を理解する人々の性格に相関的でなければならない――後を見よ。それであればこそ性格の概念は第一に人々の――人間の――性格を示すものとして語られる理由があり、吾々が今又それを更に事物に就いてまで拡張して語ることが出来る所以があるのである*。性格を一つの人間的な概念と呼ぶことは誤りではないであろう。尤も何か他の関心から動機せられて人間的と呼ばれるのではない、例えば浪漫的な興奮や道義的な謹厳さからそう呼ばれるのではない。ただ理論的に云ってそれが人々にとっての通路を用意しているからなのである。個性――それは結局個人概念から離脱することが出来ない――の概念から性格の概念を区別した吾々は、個性的なるものとして普通掲げられる処の所謂人間的なるものから、吾々の性格概念を自由にしなければならない。併しそれにも拘らず性格は――云わば理論的に――人間的である。も一遍云おう。性格は通路を用意している点に於て一つの人間的概念である。――処で併しかの個性の概念は或る意味に於て人間的な概念で矢張りありながら、このような理論的に考えられる通路を用意しているとは思われない。個性の概念はそれ自身に個性の理解乃至取り扱いの概念を伴わない、それは例えば知識学的に取り扱われることの出来ない概念であろう**。性格は恰も之に反して、常に知識学的な又は多少の注意を怠らずに言葉を使用するとして認識論的な、課題を含んでいる。性格概念はこの意味に於て人間的概念であり、知識学的通路を用意している。
* 性格の概念を人格的なるものから芸術的なるものへ移したものは、テオフラストスであろう。
** ライプニツのモナドは表象の能力を有っている。併しかかる能力は形而上学的実在の規定であって、知識学的な通路を意味するものではない。
性格は個別化原理から完全に独立であり、そして通路を有っている。私はこの二つの点を指摘して個性概念との混同を防いでおこう。
さて併し性格とは何か。
日常吾々が接する具象的な事物は恐らく無限な数の性質を持っているであろう。事物はこれ等の性質の統一としてある。夫々の性質はそれに特有な作用の範囲を与えられている。というのは或る性質は顕著であり之に反して他の性質は著しくない、と考えられる。事物が含む云わば一〇〇の内容を、夫々の性質は幾つかずつ分け占めていると考えられる。かくて例えば神は全知全能という特質によってその内容の大部分を分け占められると考えられる。併し或る事物に就いて何が顕著であり何が顕著でないかは決して事物それ自身だけによって決定され得ることではない。或る視角から視れば甲性質が又他の視角から視れば乙性質が顕著なものとして現われる。他の事物には無くただその事物にしか見出されないような或る性質は――たといそれが微弱であっても――顕著となることが出来、強大な性質であっても、それが多くの事物と共通であるならば顕著でないと考えられることが出来る。又事物の某性質――それが強大であろうと微弱であろうと――を特に注目することによって、その事物の理論的乃至実際的な処理を進めることが出来ると見られる時、その性質は顕著なるものとして見られる。であるからどの性質が顕著であるかは実は、事物それ自身に固有な作用範囲の配分ではなくして、その事物が人々によって理論的にか実際的にか取り扱われ得る通路を媒介とする勢力の消長でなければならないのである。事物の無限の諸性質は之を取り扱う通路に於て、顕著の秩序に並列される。さて顕著なる性質Aは無論、顕著ならぬ性質Bとは別でなければならない。併しそれにも拘らずAはBを――又Bと同じ資格をもつCD……を――代表することが出来る。もし事物を言葉通りに具体的に定立しなければならないとすれば、AはあくまでBとは性質を異にする筈であったから、AがBを代表するということは許されないわけであろう。それ故之が許される以上茲に事物の抽象が成り立っているのである。処が事物を抽象することこそ具象的な事物を把握する唯一の途であるであろう。事物の把握を顧みずに、即ち事物への通路を顧みずに、事物そのものを決定し得るならば、抽象しないことこそ具体的であるであろう。処が実はこのような具体的事物は人々がそれへ通達する通路――方法――から切り離されている点に於て却って方法的には抽象的であるのである。事物を抽象することこそ具体的な方法である。それ故AがBを代表し得るのは人々が事物を抽象するからであり、そして人々はこの抽象によってこの事物を取り扱う具体的な方法を得ることが出来るのである。代表の概念は常に方法の概念から要求される。自己自身に安ろうている事物――このような概念は元来哲学的作業仮説でしかない――に於ては顕著なる性質Aがそうでない性質BC……と相隣りして席を占めていると思い做される、之に反して通路に於て把握された事物――人々はかくしてのみ事物を理論し又之を実際的にとり扱う方法を得る――に於てはAはBC……を代表し得なければならない。事物の性質AがBC……を代表する時、顕著なるこの性質Aはその事物の性格となるのである。代表は方法から要求された。代表者である処の性格はそれ故方法的規定を有つ。――性格はこの意味に於て通路を用意しているのであった。
性格とは事物の支配的な性質であり優越な性質である。その事物の他の一切の性質は、性格という資格をもつ一つの性質によって支配せられ優越せられ、かくて事物の表面的な形式的な公的な交渉からは隠される。その代り事物の諸性質の集合意志は性格を代表者として議席に送る。性格は議場に於てそれが代表する事物の権利を主張する、事物は性格の能力の如何によって夫々異った取り扱いを結果として招くのである。さてどの性質が性格として択ばれるべきかは全く政策にぞくする。そしてこの政策は例えば理論的計画として、人々の手に、通路に方法に、横たわる。
性格が方法的であることは今や明らかとなったであろう。併し方法的であることは常に実践的であることを意味する。性格は実践的規定を有たねばならない。日常的な具象的事物をそのまま静止したものと見るのであっては、それがどうあるかを知ることは出来ない。事物はどう実践的に取り扱われ得るかによって初めてその性質を明らかにする。事物を取り扱う――理論的に又実際的に――という正に実践的な折衝に於て、代表者として機能するものが性格であるのである。性格はただ実践に於てのみ意味を有つ概念である。性格のかの通路や方法は実は之を意味するのであった。
性格は実践的・方法的であると云った。日常の事物のどの性質が性格として択ばれるかは例えば人々の之に就いての理論的計画によると云った。理論的計画は人々の任意によって立てられるかのように見える。事実人々は或る成心を以て或る理論的結果を招くべく計画する時、事物はこの計画に合致すべく性格づけられる。例えば或る社会現象は、或る意味に於ては最も把握し易く又他の意味に於ては最も把握し難い。この日常的事物は、宗教家によって――彼は凡てを信仰に関係づけて理解しようとする実践的成心を持っている――信仰の欠乏として性格づけられ、又国民道徳家によって――彼は人間を常に絶対に国民であることに於て見なければならない実際上の必要があるのである――国家意識の欠乏として性格づけられる。かくてこの社会現象という事物は信仰又は国民意識の鼓吹によって実践的に処理され得るものと思い做される。そう想像することは実際彼等の自由であろう。彼等がその好む処に従って任意な性格を見出し、之によって事物を処理すべく努力することは許されないのではない。併し性格は誤って把握される場合があるであろう。理論の計画は誤って立てられることがあるであろう。どのような理論的計画を立てるか、どのように性格を見出すかは、成る程人々の自由であるように見えるが、併しそうすることによって実践的に事物を処理することが、結局に於て――直ぐ様ではない――不可能となるならば、その計画・その性格の把握・は誤っているに違いない。何となれば性格は事物を実践的に処理する方法を与えるのでなければならなかった、計画はそのような目的を有って初めて計画であり得た、のであるから。向の社会現象は信仰又は国民意識の鼓吹とは関係なく、それ自身の軌道を歩んで行くであろう。性格の発見――それは理論乃至実践の実践的方法に依存する――を条件づけるこの正誤は併し、何によって標準を与えられるか。
夫を与えるものが歴史的運動である。私が歴史的運動と呼ぶのは併し、歴史家によって記述された又されるべき歴史学的統一体――世界史乃至某々史――としての歴史のもつ運動、を指すのでは必ずしもない。そうではなくして要素的に、又一般的に、従って歴史学的統一体としての歴史の根柢に於ても無論、働いている処の、根本的な要素的な歴史的運動をそれは意味するのである。凡そ人々が或る事物を実践的に取り扱う時、即ちその事物に就いて理論し又はその事物を現実的に変革する時、事物の概念は又事物の現実的存在は、変化せられる。かかる変化=運動は併しただ人々が之を加えることによってのみ成立する。吾々は之を自然的運動から区別しなければならない。歴史的運動とは之である。概念の運動・思想の運動・から始めて、行為の運動・歴史学的統一体としての歴史の運動・に至るまで、運動は凡てこの歴史的運動としての特色を有つ。この歴史的運動は要素的運動である。歴史的乃至人間的と呼ばれる凡てのもののどの部分を取って見ても、夫はこの運動を要素としてのみ運動し変化することが出来るのでなければならない。処で歴史的運動が歴史の一部分に於て行われるためには、之は同時に歴史の全体に於ても行われなければならぬという特色を有つ。と云うのは或る限られた一定の歴史内容に於ける運動は常に、それを越えて全体の歴史内容に於ける運動に終局に於いて帰着し、之に制約せられるのである。例えば理論という特殊の歴史的内容の歴史的運動は社会全体の歴史的運動に終局に於て帰着して行かねばならぬ性質を持っている。理論の歴史的発展――運動――はそれ自身が特有な動力と形態とを有っているにも拘らず、社会の歴史的発展によって終極的に――直接にではない――限定されている。歴史的な全体と部分とは歴史的運動に於て特有に層を重ねた有機的連関を示す。――さて事物の性格は常に事物の歴史的運動に寄与しなければならない。この寄与をなし得ないものは、たとい初めに性格らしいものとして掲げられたにしても、結局は性格としての資格を欠いたものに外ならなかったことが証明されるであろう。事物の歴史的運動とは併し、人々が実践的にこの事物を取り扱う――理論し又使用する――ことによって生まれる事物の運動の謂であった。之なくして行われる事物の運動は自然的運動であるかも知れないが歴史的運動ではなかった。そして事物のかかる実践的取り扱いに於てこそ初めて性格が機能し得たのであった。それ故結果から見るならば、性格は常に事物の歴史的運動に於て発生する。事物の歴史的運動の動力因子、それがその事物の性格であると云うことが出来る。処が事物――それは一つの歴史的部分である――の歴史的運動はそれがぞくする任意の歴史的全体の歴史的運動によって終局的に限定されている筈であった。それ故事物の性格はそのままこの歴史的全体の歴史的運動の動力因子でもなければならない。結果から見れば、性格は常に歴史的全体の歴史的運動に於て発生する。この結果を逆にして云うならば、事物の性格は常に歴史的全体の歴史的運動に寄与しなければならない。この寄与をなし得る時、性格は性格であり、この寄与をなし得ない時、性格ではなかったのである。前の場合に於て性格は正しく把握され、後の場合に於てはそれは誤って把握される。事実、事物の或る性質を性格として――事物の歴史的運動の因子として――択ぶ時、もしこの歴史的運動が歴史的全体の運動からの制約を無視したものであるならば、たといこの性質が初めは事物の性格らしく想像されようとも、やがては終局に於て――直接に直ぐ様ではない――動きのとれない結果に陥るであろう。人々はここに至って初めて性格の誤っていたことに気づくのが普通であるであろう。事物の性格を択ばせるもの、それを例えば理論的計画であると云ったが、この理論的計画は個人の任意の成心によって立てられるのではなくて、正に、歴史的運動――その事物の・またその事物がぞくする歴史的全体の――によって口授されるのでなければならない。今や云うことが出来る。歴史的運動の車輪の転回に順い又之に寄与するもののみが性格的である、歴史の車輪を逆転する立場に於ては之に反して性格が失われる。後の場合の性格は誤られたる従って性格でない処の性格であるであろう。