二
こうして宇津木兵馬は、またも甲府まで戻って来てみましたところが、机竜之助の乗物が神尾主膳の邸内へ入り込んだことは確かに突き止めたけれども、それから先どこへ行ったか、それともこの邸内に留まっているものだか、そこの見当が一向つきませんから、ぜひなく非常手段に出でて、夜分ひそかに神尾の邸内へ忍び込んでみようと思いました。
三日目の晩は雨が降って風も少し吹いていたから、兵馬はそれを幸いに、城内の神尾が屋敷あたりまで密かに入り込んで夜の更くるのを待ち、追手濠の櫓下へ来て濠端の木蔭に身をひそませている時分に、思いがけなく、濠の中からムックと怪しい者が現われて来ました。片手には金箱のようなものを抱え、覆面して脇差を一本差し、怪しいと兵馬が思う間に、その男は金箱を濠の端に置いて櫓の方へ、また取って返しました。
まもなく櫓の下から、また一人の男、今度は金箱のようなものを背中に確と結びつけて、ムックリと出て来ました。それと同時に前に取って返した男、それもまたムックリと出て来て、濠の中へ引っぱった細引の縄を手繰り寄せ、その一端を前に置き放した金箱に結びつけて背中へ引背負って、二人は煙の如く消えてしまいました。
そこには二重の怪しみがある。これはてっきり曲者と思うた怪しみと、もう一つは、その曲者二人とも見覚えのあるような形。先に出て来たのが背と言い恰好と言い七兵衛そっくり、あとから来たのは片腕が無いようであった。してみれば徳間の山の中から拾って来たあのがんりきという男でもあろうか。
兵馬は実に不審に堪えませんでした。だいそれた甲府城内の御金蔵破り、いま眼のあたり見れば、それはドチラも自分の知った人、のみならず自分が世話になった人、つい幾日前まで同じ宿にいた人。あまりの不審に兵馬はあとを追いかけてみました。しかし、もうどこへ行ったか姿が見えません。
これを二人の方にしてからが解せぬことであります。百蔵も江戸へ出て小商いでもして堅気になると言い、七兵衛もそれを賛成したのに、まだこの辺に滞っていて、ついにこんなだいそれたことをやり出すようになったのか、さりとは測りがたないなりゆきと言わねばならぬ。
兵馬はそのことから、七兵衛なる者に対する疑点が深くなりました。もしも彼は表面あんなことにしていて、内実はこんな悪事を働いている人間ではなかったか知ら。そうだと知れば、少なくともその世話になったことのある自分にとっては一大事だ。人は見かけによらぬもの、恃みがたないものであるわいと、兵馬も茫然として我を忘れていました。
その時に、追手の橋の方で提灯の光あまた。
「櫓下の御金蔵破り! 出合え、出合え」
兵馬は気がつけば、危ないこと、自分も疑われるには充分な立場にいる。さてどちらへ避けたものと思って見廻したが、どちらにも提灯。はて迷惑なことが出来たわいと思いました。
兵馬はぜひなく覆面を外して追手通りの方へ引返しました。無論のこと、そこには警固の侍、足軽がたくさんいる、その網にひっかかるは覚悟の上で、ひっかかった時は尋常に言いわけをしようと心をきめてやって来たが、果して、
「待て!」
バラバラと兵馬を取捲いて来た警固の者。
「神妙に致せ」
そこで兵馬は調べられてしまいました。
「今時分、何しにここへ来られた」
「ちと用事あって」
「何用があって」
「神尾主膳殿まで罷り越したく」
「神尾主膳殿方へ? して貴殿は何者」
「拙者は江戸麹町番町、旗本片柳伴次郎家中、宇津木兵馬と申す者」
「神尾殿とは御昵懇の間柄か」
「まだ御面会は致しませぬ」
「面識もないものが、この真夜中に人を訪ねるとは心得難し」
「大切の用向あるにより」
「大切の用向とは?」
「それは、御城内勤番衆二三の方にも知合いがあるにより、事情を述べれば委細明白のこと」
「その言いわけは暗い。他国の者、夜中このあたりを徘徊致すは不審の至り、尋常に縄にかからっしゃい」
「縄に?」
「温和しくお縄を頂戴致せ」
「縄にかかるような覚えはない」
「手向いさっしゃるか」
「なかなか。縄をいただくべき覚えなきにより、手向い致す心もござらぬ」
「言い逃れを致さんとするか、不敵者」
「これは理不尽な」
兵馬の言いわけは聞き入れられませんでした。それで兵馬に縄をかけようと群がって来た時に、その中から分別ありげな武士が一人出て来ました。
「お見受け申すところ、お年若のようでもあるし、両刀の身分、且は番町片柳殿の家中と申されるからには拙者にも多少の思い当りがござる、人違いして滅多なことがあってはよろしくあるまい。しかしながら、今宵の大変に出会いなされたが貴殿にとっての不仕合せ故、ともかくも尋常に奉行まで御同行下さるよう。委細の申し開きは奉行に逢ってなさるがよろしかろうと存ずる」
こう穏かに言われて、兵馬は大勢に囲まれて勘定奉行の役宅の方へ引かれて行ってしまいました。
兵馬は勘定奉行の役宅へ預けられて、ほとんど牢屋同様のところでその夜を明かしました。夜は明けたけれども、兵馬の身の明りは立たなくなりました。
盗賊の行方は一向わからない上に、彼らが忍び出でた痕跡のある濠端は、ちょうど兵馬が通りかかったと同じ方向でした。その上に、兵馬は神尾主膳を尋ねると言ったけれども、神尾は兵馬なるものをいっこう知らないと言うし、それはとにかく、兵馬が何故に夜分あんなところへ来合せたかということが、誰にとっても解けぬ不審でありました。すべてが兵馬に不利になってゆくから、気の毒にも兵馬は、獄に下されるよりほかに仕方のない羽目に陥りました。