一
「あなたは御自分のことばかり考えて被居るのです。そして私をほんとうに愛しては下さらない。」
英子が私にそういったのはずっと後のことであった。私は彼女の言葉の前半をそのままに肯定するが、後半は今でも猶肯定しない。自分自身のことを考え自分自身を大きく育ててゆくのが最もよく恋を生かす道だと私は信じていた。そしてまたそういう信念を実際に生かし得る位に恋の根柢をしっかと築いてゆかなくてはならないと思っていた。
英子の母と私の母とは故郷の盛岡で親友であった。で私が東京に出て来てから、私は時々彼女の家を訪問した。英子は現代的な美貌を持っていた。眉から眼のあたりに少し高慢ちきなニュアンスがあったが、肥った頬の下に妙に引き緊った口元には才智の閃きが見られた。いつもハイカラなローマに結って、鼇甲の簪を一つ揷していた。それが彼女の細い頸の上に重そうに見えた。彼女は物を正面に見ないで、少し斜に見つめる癖があった。
彼女が女学校を出ると間もなく、私はある私立大学を卒業してぶらぶら遊んでいた。その後の半年余りが私達の楽しい恋の時期であった。然し私はそれらのことについては、これ以上もう何にも云うまい。云うのは心苦しいが故ではない。不必要だからである。
私は自分の運命と彼女の運命とを一つにして考えていた、そしてそれを英子にも強いた。たといまだ私達には結婚ということが少しも問題になってはいなかったにせよ……。そして私達は幸福であった。
英子の室には本箱が一つと、その側にオリーブの羅紗を掛けた机とがあった。いつもその上には種々な貝殼を鏤めた筆立が置いてあって、鵞ペンでない只の美しい鳥の羽が四五本揷っていた。床の間には造花の籠があって、狩野派の筆になる小さい富士山の軸物がその砂地の壁に掛っていた。昔その片隅に一面の琴が立掛けてあったのを私は覚えている。然しいつのまにかそれは彼女の母の室に持ってゆかれていた。
私達はよくその室で言葉少い時間を過したものだ。英子の父は海軍の将校で始終留守だったので、家には母と娘と女中と三人きりだった。英子の兄の信夫はさる放蕩の失敗から京都に左遷せられて、其地の叔父の監視の下に大学に通っていた。英子の母は自分にも定まった一室を占有して、娘の自由に少しも干渉しなかった。彼女は凡てを知っているらしくもありまた何にも知らないらしくもあった。いつも穏やかな晴々しい顔をしていた。それだけ親しみ易くもあったが、またそれだけその思惑を捉えることはむずかしかった。然し私は彼女に非難すべき何物をも未だに知らない。心の苦しい時彼女の懐に眠りたいとさえ思うほどである。
そういう安静な周囲のうちに私達の愛は育っていった。私が英子を訪れると、女中が取次をして私はすぐ彼女の室に通ることが出来た。
それは何時だったか今覚えていないが、秋海棠の花が門をはいった片隅に咲いていたのでみると、十月頃のことであったに違いない。私はその午後いつものように英子を訪ねた。
彼女は少し頭が痛いと云っていた。
「それでは何処か外に出ましょうか。」
「ええ。」
そして私達は互に微笑んだ。でそれきり外に出かける問題も立ち消えになってしまった。若い愛の微笑は凡てを無解決のうちに消滅せしめてしまうことを、私達は幾度も経験していた。そして私達の心は幸福であった。
「何を考えて被居るの。」と彼女が云う。
「何にも。」と私が答える。
私は彼女の坐蒲団の上に彼女の机の前に坐るのを常とした。そして彼女は私のために出してくれた坐蒲団の上に自分で坐っていた。それは私達の熱い baiser の時から始まったのである。
その日も私は英子の机に倚りながら頼り無いような幸福の時間を過した。そして沈黙が二人の間に落つると、私はわけもなしに四五冊の雑誌の間にあった一冊の書物を手に取った。一通の小形の封書が揷んであった。
「いけません!」と英子は叫んだ。そしていきなり私の手からそれを奪ってしまった。
私は驚いて彼女の顔を見守った。
「これは許して下さい、ね、ね。……お友達から下すったんですわ、でも見られると困るんですもの。」
「そんなものなら見せたっていいでしょう。お互に何も隠さない約束ではないですか。」
「ですけれど……。」と云って英子は俯向いてしまった。
私は是非それを見たいと云った。二人の間に少しの秘密もあってはいけない、二人の運命の前に私達は厳粛でなければならない、というようなことを私は説いた。然し英子は執拗にその手紙を隠した。
「お怒りになって?」と暫くして彼女は云った。
「怒りはしません。」
「私はもうこれから何でもお目にかけますわ。だけど此度だけは許して下さいな。そして私を疑らないで下さい。いつも仰言るように私は私達の愛に信念を持っていますの。強い強い信念を……。ね許して、私を信じて下さい。そうでないと私……。」
私は、英子の口から私がいつも使う通りの言葉が流れ出るのを妙な気持ちで聞いていた。然し信念と云い、信ずるという言葉が、どれだけ強く私の胸に響いたであろう。それは私達の愛の背景をなす強い保証の言葉であったのである。
然しこのつまらぬ書信に関することを私はどうしてこう詳しく覚えているか、それは自分でも知らない。たとえ後になってそれから一筋の暗い影が私の心に投じられたのは事実であるとしても、私はその時殆んど盲目的に英子の言葉を信じた。否今でもなお信じたいと願っている。ああそして、もしその次の瞬間に英子の冷たい半面に触れなかったら、私は苦もなくそれを忘れてしまったであろうが……。
私達はよく恋愛ということに就いて語ったものだった。真の愛を体現する者のみ愛を語り得るのだと私は信じていた。そして愛を語るのは私達二人の特権であり、その特権を正当なものたらしむるために努力しなければならない、と私は云った。
「然しどんなに私達の眼は欺かれることが多いでしょう。真実を掴んだと思うとそれは何時の間にか指の間から抜け出していることがあります。私達は頭と心とそれから……自分の凡てで自ら動いてゆかなくてはいけません。自ら責任を持って自分の凡てで行動することなら、何事も許されると私は信じています。そしてその信念はやがて時が保証してくれます。私は今これだけきり云えません、私はあなたを信じている、自分自分を信じている、そして二人の愛を信じていると。私はあなたに何にも強いません。ただあなたが本当の自分の心から動かれるように願うだけです。」
「私もほんとうに心から信じていますの。でも余り考えると胸が苦しくなるんですもの。」
「ええそれはほんとうに考えることは苦しいことです。然しそれを通り越すことが、やがて私達の最初の踏段になるのですから。」
「では私達はまだ何も築いていないのでしょうか。」
「そんなことを云ってはいけません。私達は一番大切な信念を得ています。それを生かしてゆくのがこれからの仕事です。」
英子はその時何とも云わないで淋しい微笑をした。私はいつもそれを見るのを恐れていたのである。で私はそのまま俯向いて低い声で云った。
「私はあなたのそういう笑顔を見るのが一番苦しい。それは私に或る悲しい話を思い出させるのですから。」
そして私は何かの本で昔見て記憶の片隅に残っている外国の悲しい愛の話をした。恋に落ちた若い男女があったが、女は男を永久に深く愛せんために、黙って男の許を去ってしまった。
「私はあなたのそういう笑顔を見ると、その女の心持ちをまざまざ見るような気がして、悲しくなる。」と私は云った。
「その男は女を追ってゆかなかったのですか。」
と英子は私の顔を見守った。
「その話は私も今よく記憶していませんが、多分じっとしていたのだと思います。私にはその二人の気持ちがはっきり分るように思えます。」
「あなたもそんな場合にはそうなさるの。」
「多分そうするでしょう。私には女を強いる力はありませんから。私には他人の運命を支配することは出来ない。」
私は我知らず眼に涙を一杯ためていた。
英子は一寸顔を引きしめたが、そのまま堅くなって動かなかった。彼女は両手を握り合せたままじっとしている。温い息もと絶えたような冷たいものを私ははっきり彼女のうちに感ずることが出来たのである。
その冷酷な或物だ、私がよく彼女のうちに眼覚めるのを感じて震えたのは。私の心が本当に深い愛のうちに沈潜していって興奮する時、私は屡々彼女のこの冷酷なものに裏切らるるのを知っている。私はまだ彼女のこの冷酷な或物の底から焼くが如き熱を導き出す術を知らなかったのである。そして特に自然のうちに在る時の彼女の激しい passion の動揺を知っていた私は……。
と云うのは、時々二人で郊外の自然のうちを歩くことがあったから。
煤煙と塵埃と人間とに濁った都会の空気を離れて、山の手線の電車の軽い動揺にゆられ、やがてうち開けた郊外のうちに自分達二人を見出す時、私はどんなにか愛の祝福を感じたことであろう。
淋しい田圃道を辿ったこともあった。木立の中を歩いたこともあった。太陽の光りの下に横っている鉄道線路に沿って歩いたこともあった。それからまた井の頭の古池の水面を見ながら、木立の下に分け入って無言の時を過したこともあった。其処は特に私達の好んだ場所であった。
私達は英子の家から外濠に沿うて歩いて行って、四谷見附から電車に乗るを常とした。中野で汽車に乗り換え、吉祥寺駅から徒歩で井の頭の森の中に歩み入るまで、私達は殆んど口を利かなかった。弁天祠の横を通って向側の池のほとりの茂みの中に身を投げ出して、私はよく夕方まで遊んだものだった。木の葉が落葉しようとする頃、池の水は澄み切って、水藻の間を泳ぎ廻る小鮒の姿が岸の上からもはっきり見られた。
私は口に出すべき言葉の多くを持たなかった。私の心は自然のうちに只二人社会を離れた愛の意識に満たされていた。その愛がやがて空と地とに一杯拡がっていって、泣きたいような気持ちになった。私の眼には静かな木立や叢や、うち晴れた空を宿している清らかな水面が、映っていた。