五
○明治卅五年五月八日雨記事。
昨夜少しく睡眠を得て昨朝来の煩悶やや度を減ず、牛乳二杯を飲む。
九時麻痺剤を服す。
天岸医学士長州へ赴任のため暇乞に来る。ついでに余の脈を見る。
碧梧桐、茂枝子早朝より看護のために来る。
鼠骨もまた来る。学士去る。
きのふ朝倉屋より取り寄せ置きし画本を碧梧桐らと共に見る。月樵の『不形画藪』を得たるは嬉し。そのほか『鶯邨画譜』『景文花鳥画譜』『公長略画』など選り出し置く。
午飯は粥に刺身など例の如し。
繃帯取替をなす。疼痛なし。
ドンコ釣の話。ドンコ釣りはシノベ竹に短き糸をつけ蚯蚓を餌にして、ドンコの鼻先につきつけること。ドンコもし食ひつきし時は勢よく竿を上ぐること。もし釣り落してもドンコに限りて再度釣れることなど。ドンコは川に住む小魚にて、東京にては何とかハゼといふ。
郷里松山の南の郊外には池が多きといふ話。池の名は丸池、角池、庖刀池、トーハゼ(唐櫨)池、鏡池、弥八婆々の池、ホイト池、薬師の池、浦屋の池など。
フランネルの切れの見本を見ての話。縞柄は大きくはつきりしたるがよいといふこと。フランネルの時代を過ぎて、セルの時代となりしことなど。
茂枝子ちよと内に帰りしがややありて来り、手飼のカナリヤの昨日も卵産み今朝も卵産みしに今俄に様子悪く巣の外に出て身動きもせず如何にすべきとて泣き惑ふ。そは糞づまりなるべしといふもあれば尻に卵のつまりたるならんなどいふもあり。余は戯れに祈祷の句をものす。
菜種の実はこべらの実も食はずなりぬ
親鳥も頼め子安の観世音
竹の子も鳥の子も只やす/\と
糞づまりならば卯の花下しませ
晩飯は午飯とほぼ同様。
体温三十六度五分。
点燈後碧梧桐謡曲一番殺生石を謡ひをはる。余が頭やや悪し。
鼠骨帰る。
主客五人打ちよりて家計上のうちあけ話しあり、泣く、怒る、なだめる。この時窓外雨やみて風になりたるとおぼし。
十一時半また麻痺剤を服す。
碧梧桐夫婦帰る。時に十二時を過る事十五分。
余この頃精神激昂苦悶やまず。睡覚めたる時殊に甚だし。寐起を恐るるより従つて睡眠を恐れ従つて夜間の長きを恐る。碧梧桐らの帰る事遅きは余のために夜を短くしてくれるなり。(五月十日)