本篇緒言
譯者は本叢書第六篇『無人島日記』の緒言に於て、『ロビンソン、クルーソー漂流記』は冐險的、商業的、實際的なるアングロサキソンの特性を具體にしたるものなることを云へり。然れども是等の特色は未だ以て偉大なる國民を形成するに足らず、更に個人の品性を堅實にし、國民の理想を高遠ならしむる、道徳的、靈性的勢力の大なるものあるを要す。譯者は茲に本篇『アーサー王物語』に於て、アングロサキソン人種をして眞に偉大なる國民たらしめたる、更に重要にして根本的なる其性格理想の幾分を諸子に紹介するの機を得たるを悦ぶ。
アーサー王圓卓士の物語は、五世紀の半ばより數世紀に亘れる、ブリトン、アングロサキソン、兩人種が苦鬪中の事蹟に起原し、十二世紀の半ば頃初めてヂヨフレー、オブ、マンマスの『ブリトン王列傳』中に記されたるもの正確なる歴史的考證を欠くと雖も、不思議にも、アングロサキソン人種の武士道的理想は此漠然たるケルティツク王の口碑を藉りて表現し、アーサー王物語は、恰も彼の煙の如き星雲が幾百千年の時を經て次第に爛然たる星宿となるが如く、屡々詩となり文となり、マローリーの散文(Morte D'Arthur)に映じ、スペンサーの詩(Faerie Queene)に輝き、將さにミルトンのエピツク(epic)とならんとして果さず、終に十九世紀の大詩人テニソン卿の靈筆によりて The Idylls of the King となり、文學界の不滅なる明星として天下の人其光芒を仰ぐに至れり。
本篇は、『十九世紀の理想を以て詠じたる武士道詩』と稱せらるる此 The Idylls of the King の梗概の一部也。紙數限りありて其全體を對譯する能はざるを憾みとすれども、本篇の收むる所亦自ら一の物語を成せり。以て英國武士道の一班を窺ふを得べく且つ諸子が後日テニソンの原作を閲讀するの手引となすに足らん。
譯註者識
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