隴を得て蜀を望むは夫れ人情の常なるかも、百に至れば千をと願ひ千にいたれば又萬をと諸願休む時なければ心常に安からず、つら/\思へば無一物ほど氣樂なるはあらざるべし、大抵が五十年と定まつた命の相場黄金を以て狂はせる譯には行かず、花降り樂きこえて紫雲の來迎する曉には代人料にて事調はずとは誰もかねて知れたる話、鶴千年龜萬年人間常住いつも月夜に米の飯ならんを願ひ假にも無常を觀ずるなかれとは大福長者と成るべき人の肝心肝要かなめ石の固く執つて動かぬ所なりとか、そも松澤新田らが祖先と聞えしは神風の伊勢の人にて夙に大江戸に志を立てゝ糶呉服の見るかげもなかりしが六間間口に黒ぬり土藏時のまに身代たち上りて男の子二人の内兄は無論家の相續弟には母方の絶たる姓を興させて新田とは名告らすれど諸事は別家の格に准じて子々孫々の末迄も同心協力事を處し相隔離すべからずといふ遺旨かたく奉戴して代々交りをかさね來しが當代の新田のあるじは家につきて血統ならず一人娘に入夫の身なりしかば相思ふの心も深からず且は利にのみ走る曲者なればかねては松澤が隆盛をたのみてあやにかけたる許嫁のえにし親なり子なり同舅同士なり不足の品あらば持ち給へと彼方にばかり親切を盡さして引入れし利も少なからず世は塞翁がうまき事して幾歳すぎし朝日のかげ昇るが如き今の榮は皆松澤が庇護なるものから喉元すぐれば忘るゝ熱さ斯く對等の地位に至れば目の上の瘤うるさくなりて獨りつく/″\案ずるやう徑十町を距てぬ處に同商業を營むが上に彼れは本家とて世の用ひも重かるべく我とて信用薄きならねど彼方に七分の益ある時こゝには僅かに三分の利のみ我が家繁榮長久の策は彼れ松澤の無きにしかず且つは娘の容色世に勝れたれば是とても又一つの金庫芳之助とのえにし絶えなば通り町の角地面持參の聟もなきにはあらじ一擧兩得とはこれなんめりと思ふ心は娘にも祕め同氣求むる番頭の勘藏にのみ割て明かせば横手を拍つて賛成し主從日夜額をあつめて其方法を講じ居たりき、時なる哉松澤はさる歳商法上の都合に依り新田より一時借り入れし二千許の金ことしは既に期限ながら一兩年引つゞきての不景氣に流石の老舖も手元豐かならず殊に織元その外にも仕拂ふべき金いと多ければ新田は親族の間柄なり且は是迄我が方より立かへし分も少からねばよもや事情打あけて延期を乞はゞゆるさじと言ひもすまじ他人に内兜を見すかされ機械仕掛のあやつり身上松澤ももう下り坂よと囃されんは口惜しく脊なる新田は後廻し腹の織元其他へ有金大方取あつめて仕拂ひたる噂こそ耳よりのことなれと平生ねらひすませし的彼方より延期をいひ出さぬ間に、切て放して急催促に言譯すべき程もなく忽ち表向きの訴訟沙汰とは成れりける素松澤は數代の家柄世の信用も厚ければ僅々千や二千の金何方にても調達は出來得べしと世人の思ふは反對にて玉子の四角まだ萬國博覽曾にも陳列の沙汰をきかねど晦日に月の出る世の中十五夜の闇もなくてやは奧は朦朧のいかなる手段ありしか新田が畫策極めて妙にしていさゝかの融通もならず示談を請はゞやと奔走せしかどそれすらも調はずして新田は首尾よく勝を制し凱歌の聲いさましく引揚げしにそれとかはりて松澤が周章狼狽まこと寐耳に出水の騷動おどろくといふ暇もなく巧みに巧みし計略に爭ふかひなく敗訴となり家藏のみか數代續きし暖簾までも皆かれが手に歸したれば木より落たる山猿同樣たのむ木蔭の雨森新七といふ番頭の白鼠去年生國へ歸りし後は十露盤玉と筆先に帳尻つくろふ溝鼠のみなりけん主家一大事の今日も申合せたるやうに富士見西行きめ込み見返るものさへあらざれば無念の涙を手荷物にして名のみ床しき妻戀坂下同朋町といふ處に親子三人雨露を凌ぐばかりの家を借りて辛く膝をば入れたりけり、海ならず山ならぬ人世の行路難今初めて思ひ當り淵瀬ことなる飛鳥川の明日よりは何とせん、もと富家に人となりて柔弱にのみ育ちし身は是れと覺えし藝もなく手に十露盤は取りならへど物に當りし事なければ時の用には立ちもせず坐して喰へば空しくなる山高帽子半靴と明日かざりし身の廻りも一つ賣り二つ賣りはては晦日の勘定さへ胸につかふる程にもなりぬ。