一人並の男になりながら何の腑甲斐ない車夫風情にまで落魄ずともの事外に仕樣のあらうものをと大言吐きし昔の心の恥かしさよ誰れが好んで牛馬の代りに油汗ながし塵埃の中馳せ廻るものぞ仕樣模樣の竭きはてたればこそ恥も外聞もなひまぜにからめて捨てた身のつまり無念も殘念も饅頭笠のうちに包みて參りませうと聲低に勸める心いらぬとばかりもぎだうに過ぎ行く人それはまだしもなりうるさいはと叱りつけられて我知らずあとじさりする意氣地なさまだ霜こほる夜嵐に辻待の提燈の火の消えかへる迄案じらるゝは二親のことなり馴れぬ貧苦に責めらるゝと懷舊の情のやる方なさとが老體の毒になりてや涙がちに同じやうな煩ひ方それも御尤もなり我さへ無念に膓の沸え納まらぬものを胸さける程にも思召すなるべし憎きは新田なり恨めしきは運平なりよしや血をすゝり肉をつくすとも饜るべき奴ならずと冷凍る拳握りつめて當處もなしに睨みもしつ思ひ返せばそれも愚痴なり恨みは人の上ならず我れに男らしき器量あらば是れ程までには窮しもすまじアヽと歎ずれば吐く息しろく見えて身を切る夜風に破れ屏風の内心配になりて絞つて歸るから車財布のものゝ少き程苦勞のたかの多くなりてまたぐ我家の閾の高さ、アヽお歸りかと起返る母、お父さんは御寢なツてゞすかさぞ御不自由で御座いましたらう何もお變りは御座いませんかと裏問ふ心は疵もつ足、オヽお前の留守に差配どのが見えられてといひさしてしばたゝく瞼の露白岡鬼平といふ有名の無慈悲もの惡鬼よ羅刹よと蔭口するは澁團扇の縁はなれぬ店子共が得手勝手家賃奇麗に拂ひて盆暮の砂糖袋甘き汁さへ吸はし置かば下ぐる目尻と諸共に眉毛の名によぶ地藏顏にも見ゆべけれど、今の身の上には憎くし剛慾もの事情あくまで知りぬきながら知らず顏の烟草ふか/\身に過りあればこそ疊に額ほり埋めて歎願も吹出だす烟の輪と消して、言譯きく耳はなし家賃をさめるか店を明けるか道は二つぞ何方にでもなされとぽんとはたく其煙管で打わつてやりたい面がまち目的なしに今日までと日を延べしは重々此方が惡けれど母上とらへて何言居つたかお耳に入れまいと思へばこそ樣々の苦勞もするなれさらでもの御病氣にいとゞ重さを添へたやうなものはて困つたと言ひはせで低頭く心思案にくれぬ、差配どのが見えられてと母は詞を繰返して何か譯は知らねど今直ぐに此家を立て一寸の猶豫もならぬとそれは/\畫にもかゝれぬ談じやうお前にも料簡あることゝやうやうに言延べて歸ります迄と頼んでは置いたれどマアどうしたら宜からうか思案して見てくだされと小聲ながらもおろ/\涙お案じなされますな何うにかなります今夜は大分更けましたから明日早々出向きまして談合ひをつけませうナニ少しの行違ひでそれほどの事では御座いませんと我が親にまでいつはるとはさても後のよ恐ろしゝ、寢ぬに明くる夜明け烏もこうと鳴きて反哺の教となるものを生甲斐なや五尺の身に父母の恩荷ひ切れずましてや暖簾の色むかしに染めかへさんはさて置きて朝四暮三のやつ/\しさにつく/″\浮世いやになりて我身捨てたき折々もあれど病勞れし兩親の寢顏さし覗くごとに我なくば何とし給はん勿體なしと思ひ返せど沸くは涙か藥鍋の下炭火とろ/\と消え勝の生計とて良醫の手にもかゝられねば見す/\重り行く心ぐるしさよ思へば天も地も神も佛も我爲には皆仇か今この場合を見すぐしにするとは何の事ぞ新田こそ運平こそ大惡人の骨頂なれ娘ばかりはよもやと思へどそれもこれも心の迷ひか姿こそ詞こそやさしけれ瓜の蔓に生らぬ茄子父親と同じ心になつて今の我身に愛想が盡きて、人傳の文一通それすらもよこさぬとは外面如菩薩、内心はあれも如夜叉め。