二
私と英子とは一週に一度ずつ互に手紙を書いた。私は愛を有する者の権威を説き、英子は愛に悩む者の苦悶を書いて寄した。そして二人の手紙の調子が揃っていることに私は云い知れぬ力を感じ、また二人の心の方向が同一であることを信じた。やがては凡てが力強く築かれ私達の運命が一つに綯われることを思った。
急に寒気が増して木の葉が落ちるようになると私達はもう郊外に出ることも無くなった。そして私は時々英子の家を訪ねた。
然しその頃から英子の家で私は度々橋本静子に出逢うようになった。そして英子の素振りが何となく今迄と違って来たことを感ずるようになった。
静子は英子と同窓の出であった。学校時代から二人は親しい友であったが、その頃急にまた親しくなったようであった。静子の家は矢来町にあったが、富士見町の英子の許までよく歩いてやって来るらしかった。私が英子を訪ねると、よく其処で静子と一緒になった。後には玄関に揃えてある吾妻下駄ですぐそれと分るようになった。
英子が静子と二人で話している時、私がやってゆくと、英子の顔にちらと暗い影が差すのを私は見逃すことが出来なかった。
英子と静子との話は大抵、少くとも私がその場に居合す時は大抵、同窓の誰彼の噂であった。私は雑誌を手に弄びながら、何さんが何処に嫁ったの、何さんがどうしているのというような話を、黙って聞いたものである。そして話が私の方に向けられる時、私は簡潔な返事をした。すると直ちに会話が困難になってくるのを常とした。若い女達の前では空漠たる冗長な言葉を発しなければいけないなどと考えてくると私は益々陰鬱になるのであった。
「あなたはエゴイストね。で自分意外のことには少しも趣味をお持ちにならないんでしょう。」
英子が或時そう云ったことがあった。それは寧ろ静子の方に向って軽い弁護の調子が籠っている言葉ではあったが、どんなにか私はそれで胸を刺されたことであろう。その日私は下宿に帰ってから、それに就て長い手紙を書いた。自分はエゴイストかも知れないこと、然し自分の心は今下らない会話の遊戯に趣味を持つほどの余裕がないこと、心が緊張している時は排他的になるのは止むを得ないこと、そして終りに私のそういう心は彼女に分る筈だと結んだ。
それに対する英子の答は簡短であった。そしてただあの言葉は悪気で云ったのではないから許してくれるようにと在った。私はそれをそれ以上追及しなかった。然し其処から深い淋しさが湧いて来た。私はただ未来を、英子と私との未来を信ずると自分自身に向って云うより外はなかった。
そういう私の心がどれだけ英子に徹していたかは、私は云うことが出来ない。私はその時、如何に多くの努力すべきものが私達の間に在るかを思って涙ぐまるる心持がした。然しそういう私の努力は、ただ自分自身にのみ向けられていたかも知れない。私は教育者ではなかった。私はただ自分のうちに愛を、そしてその信仰を、育ててきたのであった。そしてその信念のうちに英子を包もうとした。
然し英子は私の雰囲気から遁れ出ようとしていたのであった。私はそれをずっと後になるまで気付かなかった。静子の前での私に対する彼女の態度を正当に解釈するには私は余りに盲目であったのだ。
静子と私達と三人で対座している時、英子はよく座を立って、私と静子とを長い間置きざりにすることがあった。
静子はどちらかというと落ち付いた感じのする女であった。細面の顔を俯向けがちに、静かに口を利いた。英子がいつも空気草履を用いたのに対して、彼女は吾妻下駄をよくはいていた。
私は英子よりも寧ろ静子の方に私と相通ずる点が多くありはしないかと思うことがあった。然し私はまた静子の運命に対して少しも親しみを感じなかった。彼女も私に対して別に興味を持っていなかったらしい。
会話に拙な私は、静子と二人になるとよく一年中の季節のことなどに就いて話した。黙っているのが心苦しかったので。
「一年のうちで秋が一番私は好きです。」というようなことを私は云った。「秋になると凡てが落ちついて来ます。夏の暑さにぼやけていた心が次第に澄んできて、種々なことが考えられてきます。大空の下で大きく息をするのもいいし、一人で自分の心を見つめるのにもいいんです。……然し女の方は秋に一番心が動揺すると云いますね。」
「そんなことありませんわ。でも秋は何だか恐い時のような気がしますの。」
「春の方が恐ろしい季節ではありませんか。」
「いいえ、春は却って私は落ち付けますの。いくらかぼんやりは致していますが、それでものんびりした気持ちになりますの。秋になりますと妙にはっきりしてきて、恐いような気がします。」
「心がはっきりしてくるのはいいことでしょう。」
「ええ、でも余りはっきりすると嫌ですもの。少しはぼんやりしてた方が若い者にはいいって、兄なんかもそう申しますわ。頭に中毒するといけない、どうせ碌な考えは出やしないんだからって……。」
私は静子がそれを皮肉で云っているのか、本気で信じて云っているのか、一寸見当がつかなかった。一体彼女のうちには真実と嘘との見境いが私にはつかなかった。
「それはそうかも知れません。」と私は答えた。
「ええ?」と云って静子は一寸顔を上げたが、それきり黙ってしまった。
そういう時英子がやって来るといつも笑顔をしてこんなことを云った。
「まただんまりが初まったのね。」
私はただ苦笑するより外仕方がなかった。
然しそういうことが度重なるにつれて、英子の心が私から遠ざかってゆくのを私は感じた。一人で踠けば踠くほど憂鬱な影が私の心に沈んできた。私は英子からの古い手紙を引き出して読んでみたり、新らしい手紙を幾度もくり返して読んでみたりして、彼女の真実の心の跡を辿ろうとした。然し私は最近のものになるに従って、彼女の手紙の文句が著しく私の使用する文句に似通っていることを見出した。愛の祝福、愛の力、愛の上に築かれた生活、そんな言葉が至る所に散見した。私はそれを彼女の無意識的な模倣かしらと思ってみたり、また彼女の心が私の心と本当に相通じてきたせいかしらと思ってみたりした。然し彼女がただ漠然と私の言葉を鸚鵡返しにしていると考えることはたまらないことであった。また彼女の心の進展を信ずるのには余りに多くの相反する態度を見せられていた。私は苦しい矛盾のうちに陥っていった。然しその底から私は猶、喘ぐようにして「信ずる」と叫んでいた。
が然し、やがて何というみじめな自分の姿を私は見出さねばならなかったことであろう!
年が暮れようとする時、私は国の父から手紙を受取った。母も長く病身だし皆揃って正月を迎えたいから是非帰るようにと書いてあった。私はすぐに返事を出して、急な仕事のために帰れぬと云い送った。盛岡まで一寸帰れないことはなかったのである。然し私は英子の居る土地を離れたくなかった。私達の強い愛の名に於て、それは許されることと信じていた。
年が明けて、都会は賑やかな忙躁の巷となった。年始の客や、羽子の音や、夜には歌留多の声が響いた。暢やかなものが翼を拡げて人々の心が晴やかに輝いていた。然しその外界の快活が却って私の心を重苦しく圧えつけた。私は一人下宿の室に閉じ籠っていた。
三日に私は英子の家を訪れた。
「おや、どうして被入らなかったのです。」
斯ういって喜ばしく私を迎えてくれたのは英子の母であった。私は其処で初めて静かな家庭の屠蘇と雑煮との馳走になった。
英子は妙に真面目くさった顔をしていたが、それでも晴やかな心がその言葉に現われていた。
「私昨日は方々お友達の所を廻ってすっかり疲れてしまったの。」
「私の所へはどうして来なかったのです?」と私は云った。
「だってあなたの方から来て下さるのが本当だわ。それに下宿は私何だか行き悪いんですもの。」
それからまたこんなことを云った。
「あしたの晩、うちで歌留多をやるの。あなたは是非被入らなくてはいけないわ。今お手紙を上げようと思っていた所なの。」
「ほんとうに是非被入して下さい。」と春子さんもいった。「歌留多会などと云うんではありませんから。橋本さん御兄妹とうちばかりですから。あなたが被入らなければ人数が足りないって英子が大騒ぎをしていました所です。」
私はとも角も明晩来ると約束して程なく辞し去った。英子がまた出かけると云っていたからである。そして私の愛がどうして浮々した英子の心を落ちつけることが出来ないかと、悲しい思いに満たされたからである。
私は四日の晩初めて静子の兄の欽一郎と英子の家で逢った。
彼は静子によく似た顔立であった。細面の眉の細い、そして金歯を時々笑顔の口元に光らしていた。長い髪が額に二三筋垂れ下るのを無雑作にかき上げる癖と、切れの長い眼を瞬く癖とを、私は見落さなかった。
「よく被入して下さいましたね。」と春子さんは私に云った。「あなたは歌留多が余り好きでないからどうかと思って心配していました。」
「いや元来の嫌いではないんですけれど、取れないからです。」
「それは私なんかも実際駄目ですよ。」と欽一郎は云った。
「嘘よ、静子さんから聞いていますわ。」
英子はそう云って眼で笑った。
「いや本当に駄目です。……一体こんなことは女の方が男より早く上達するようですね。静子なんか元は丸で取れなかったものですが。」
「それは初っからお上手な人はありませんわ。」
「所が英子さんなんかは生れつきお上手の方でしょう。」
「あら随分ひどいことを仰言るのね。」
「いや確かに天才肌の人も居ますよ。」
私は黙ってそんな会話をきいていた。そして静子の本当だか戯言だか分らないような話っぷりがやはりその兄にも在るのを見て、不思議な気持ちを覚えた。
歌留多が持ち出されると、私は取れないと云ってただ見物するのを主張したが、英子はどうしても私を許さなかった。